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「私は母をぺしゃんこにしたかった」一条ゆかりが三日三晩考えて断った“幻の連載”

彼女がそこにいる理由――ジェーン・スー

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ダメなら即終了で構わない 

それ以前の作画は、読者から萩尾望都や大島弓子の作品に似ていると非難されることがあった。編集者の要望を聞き入れて描いていたからだと気付き、一条は反旗を翻す。描きたいものを描く。ダメなら即終了で構わないと啖呵を切り、一切打ち合わせをせず描き始めたのだ。

「本当に、死ぬほどあれを描きたかったの。(主人公の)亜美なんかどうでもいいの。私は(亜美の母親の)鳳麗香(おおとりれいか)を通して仕事に生きる女のプライドを描きたかった」

『デザイナー』は、女性の野心を真正面から肯定する作品だ。プロとは、仕事とは。トップモデルだった亜美が、のちに自分を捨てた母親とわかるデザイナー鳳麗香と同じ土俵で競う物語には、禁断の愛も描かれる。

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 およそ少女漫画誌に似つかわしくないテーマを、一条は少女漫画として描き切った。汚いとされることを、汚いままに美しく。結果は大ヒット。その魅力はいまも色褪せず、文庫として長く読み継がれている。

 描き始めるにあたり、タイトルを『プライド』にしようか迷ったこともあったが、採用しなかった。少女たちには『プライド』より『デザイナー』の方が魅力的に響くだろうと計算した結果だ。他人に人生をデザインされる者と、自分で人生をデザインする者の戦い。描かれているのは、紛れもなく仕事に生きる女のプライドだ。

 20代半ば、漫画家生命を賭して描きたいものを描くと原稿用紙に向かった『デザイナー』。50代半ば、腕の痛みと視力低下と闘いながら描いた『プライド』。『デザイナー』は仕事へのプライド、『プライド』は人として、どう誇りと尊厳を持って生きるかのプライドだ。どちらにも、彼女の根っこにある矜持がある。自分らしくあり続けながら、この居心地の悪い社会で居場所を作ること。自分の幸せは自分で決めること。そして、他者を踏みにじるのではなく、自分が上がることだ。

©山田英博

「『デザイナー』のあと、もう描きたいものはみんな描いたと途方に暮れて。それで、私にとってのプロってなんだろうと考えた。そしたらね、好き放題描いてきた私は、セミプロでしかないってことに気づいたのよ」

 一条によるプロの定義はこうだ。

「好き嫌いが、私にとって一番大事なこと。だから、苦手なタイプの女の一生を、読者にバレないよう最後まで描き切ったら、私はプロになれると思って。その技術を身につけたら、もう怖いものなしと思って描いたのが、『砂の城』のナタリーです。ちなみに私の目標は『匠』です!」

※商業作家としての戦略や亡くなる前に母と交わした言葉、家庭菜園に勤しむいまの生活など、インタビュー全文は『週刊文春WOMAN 2023年春号』でお読みいただけます。

illustration:Keiko Nasu

「私は母をぺしゃんこにしたかった」一条ゆかりが三日三晩考えて断った“幻の連載”

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