約20年の米国生活を経て日本に帰国し、近年はお経の現代語訳に尽力している、詩人の伊藤比呂美さん。そして1回目の結婚に終止符を打ったときに樹木希林さんは法華経に出会ったと話す、娘の内田也哉子さん。法華経や般若心経をはじめとするお経への関心や、宗教における「死」について語った伊藤比呂美さんと内田也哉子さんの対談を、『週刊文春WOMAN2023創刊4周年記念号』より一部編集のうえ紹介します。
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離婚後の虚無感を何とかしようと辿り着いたもの
内田 伊藤さんは現代詩の旗手として長くご活躍ですが、お経を現代語で読み解くということもやっていて、何冊も本を著していらっしゃいます。なかでも私にとって運命的な出会いだったのが『いつか死ぬ、それまで生きる わたしのお経』(朝日新聞出版)なんです。
伊藤 まあ! すっごくうれしいです!
内田 拝読して、母にまつわる謎がいろいろ解ける気がします。母は2回結婚していまして、私は2人目の夫との間に生まれた子です。私が知らない最初の結婚について、なぜ離婚したのかたずねたら、母は「あまりにも幸せで、これ以上何を求めて生きていけばいいのかわからなくなったから」と答えたんです。
当時の精神状態をブラックホールにたとえていましたけど、虚無感にさいなまれ、息をするのも苦しかったって。それで自分から別れを申し出て、5年間の結婚生活に終止符を打っています。ブラックホールを何とかしようと哲学書や宗教書を読み漁り、母がこれだと思ったのが法華経だったんです。
初めてお経を読んでみようと思ったのは、大学生のとき
伊藤 お経は法華経が一番おもしろいもの。私も大好きですよ。お母様が興味を持たれたのは法華経のどの辺りですか。
内田 それが、わからないんですよ。ちゃんと聞いておけばよかったと後悔しているんですが、ただ、阿弥陀経のように極楽浄土の美しさを朗々と説いたものより、お釈迦様がこれから悪世末法の時代になっていくというときに人間の苦しみをわかって、その苦しみをどう乗り越えるかということを説いた法華経が一番わかりやすかったと言っていたのは覚えています。
伊藤 也哉子さんも読みました?
内田 読もうにも、まったく意味がわからなくて。
伊藤 私が初めてお経というものを読んでみようと思ったのは大学生のときで、意味なんてわからなくてもいいのかなと思いながら読んでいたんですよ。