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 久田さんが「昔は浜焼きをやっていましたよね。醤油のタレを付けて焼く匂いが懐かしいな」と話したところ、「やってみよう」と盛り上がったのだ。「最初は軽いノリでした」と久田さんは話す。

 震災後は途絶えていたが、最後までやっていたいさみやの管野功さんがメンバーに加わっており、串の刺し方や、まんべんなく火を通す焼き方などを教えてくれた。

原発事故の後は「相馬の魚なんか食えるか」と言われたけれど

 デビューは2020年11月3日。カレイ、イカ、エビ、ホタテ、トウモロコシなどを海の近くの「浜の駅松川浦」で焼くと、行列ができた。

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 久田さんが意外に思ったのは、外からの誘客を目指したのに、地元の人が多かったことだ。

「高温の炭火で焼くからうまいのを知っているし、懐かしかったのです。浜焼きは、それ以降も浜の駅松川浦などで行っていきますが、地元の人が『うまいから、食ってみろ』と他の人に勧めてくれました。これほど強力な宣伝はありませんでした」

 目の前の港で上がる魚を焼くので、これを目当てに来る人も多い。

 季節によっては、イシモチ、タチウオなどに加えて、数は限られるが珍しい魚も入る。取材に訪れた日には、カガミダイが10匹入荷していた。近所から来たという女性は「ツボダイはないの。あれは美味しいからね」と久田さんに尋ねていた。残念ながら、この日の入荷はなかった。

 いさみやの功さんは「原発事故の後は『相馬の魚なんか食えるか』と言われたこともあるのに、こうやって行列ができ、外で焼いて食べられるようになったのだから大変なもの」と感慨深げだ。

 少しずつではあるが、復興が進んできた証拠なのだろう。

うちわで扇ぎ、炭の火力を強める。炭も地元業者から仕入れていて、利益が市内で循環されるよう工夫している(相馬市、浜の駅松川浦に設営された浜焼きテント)

「地元」という意味では、イカやホタテに付ける「秘伝のタレ」も地元の醤油を使っている。

 もともとは功さんの母が考案したタレで、相馬市内の醤油味噌醸造店「山形屋商店」の濃口醤油に水飴などを加えて、3時間煮込む。香ばしいかおりが食欲を誘い、風下から客が寄って来る。これは不思議なほど効果がある。

 それもそのはずだろう。山形屋商店は全国醤油品評会で最高賞の農林水産大臣賞をこの10年間で5回も受賞していて、これほどの受賞歴を持つ醤油蔵は全国にない。日本一の醤油を使ったタレなのである。

 その証拠に「浜焼き体験に来た芸能人に『最も美味しい』と言われるのは、このタレを塗った焼きおにぎりです」と久田さんは言う。ただ、通常の浜焼きでは出しておらず、旅館に泊まった時に串刺しから行う体験メニューの限定品だ。

 こうして「地元」の人が大好きな物を、「地元」の産品にこだわって作る。これが人気につながっていくことを、若旦那達は学んだ。