3度の地震で追い詰められて再発見した松川浦の魅力
「大洲海岸に流れ着いた流木を集めて燃料にし、シラスや松川浦で採れた青ノリを載せてピザを焼いたら絶品です。松川浦では干潮時に干潟探検もできます。小さなコメツキガニが何百匹も上下運動をしながらダンスをするのが見られます」
久田さんは話しているうちに熱を帯びる。
そうした観光コンテンツを考えていくうちに、若旦那らが気づいたのは新しい観光の在り方だ。
松川浦の観光はバブル経済が崩壊した頃に、曲がり角を迎えた。
「歴史をたどれば、高度経済成長期には家族やグループが泊まりがけで海水浴に来ました。バブルの最盛期には新鮮な魚介類を食べながらコンパニオンを呼ぶという形になりました。それがバブル崩壊で廃れてしまい、そのうちに大型バスでの団体旅行も流行らなくなりました。相馬には観光施設が乏しく、誘客が難しい面があります。海の楽しさを知らなければ、景色を少し見ただけで『こんなものか』と去っていく人が多いのです。宮城の松島の方が面白いじゃないかということになりかねません。でも、観光開発されていない分、松川浦にはありのままの自然があります。本当の松川浦の面白さを知ってもらいたい」
だからこそ「体験メニュー」なのだ。
「今後の観光は『体験と人』です。体験を通して松川浦の面白い人に会って、リピーターになってもらいたいのです。旅館も従来はお客さんと話すのは女将だけでした。若旦那だって話したい。ただ、オヤジと話をするのは気が引けるでしょう。楽しい体験を通してだったらどうですか。私達もお客さんと仲良くなりたいと思っているのです」
こうして、3度もの地震で追い詰められたことで、逆に松川浦の魅力を再発見していくことになった。
松川浦では今、多くの人が心配していることがある。
頭から片時も離れない“あの問題”
東京電力福島第一原子力発電所が「春から夏頃」に海洋放出するとしている「処理水」だ。
同原発には、事故で溶け、固まった核燃料の燃料デブリがある。これには冷却水を掛け続けなければ暴走する。冷却水は高濃度の放射性物質で汚染されてしまうので、東電はALPS(多核種除去設備)で規制基準内になるよう処理している。だが、トリチウムだけは除去できない。このため海水で薄めて沖に放出するというのである。
風評被害が起きると不安視されており、久田さんは「必ず起きる」と考えている。
そうなれば、たび重なる地震で痛めつけられ、まだ営業を再開できていない旅館が多い松川浦は、取り返しの付かないダメージを受けるだろう。再起できない人が出かねない。
その時のためにも、体験を通して松川浦や旅館のファンが増えれば、風評をものともせずに来てくれる人がいるのではないかと若旦那達は期待しているのだ。