ソガードが在米チェコ大使館へ行き、チェコ人としてのパスポートを申請したその日に、ロシアによるウクライナ侵攻が始まった。ソガードは、1968年にチェコにいた母が経験した運命を思ったという。経験豊富な彼はチームの精神的な支柱ともなり、WBCでの初戦白星、2026年のWBC予選免除、という結果をもたらした。
自分たちのために与えられた野球の環境に感嘆
もうひとつ夢が現実になった経験を、選手たちはチェコの国営通信社である「ČTK」(チェコ・ニュース・エージェンシー)に正直に語っている。それは、チェコの選手たちが体験した世界トップレベルの野球選手の待遇だった。
初めての屋根付き球場。滞在していた東京の豪華で大きなホテル、直前合宿で過ごしたスパやジムのある宮崎のホテル。それだけではない。野球をするための環境がチェコとはまったく違っていたと、ふだんは高校で地理と体育の教師をしているアルノシュト・ドゥボヴィーは語る。
「お金の心配は一切なかった。ロッカールームに行けばすべて揃っている。僕らは不思議の国のアリスのようにロッカーを見たよ」
バットの品質の良さ、自分の頭にフィットするヘルメットをいくらでも選べること、いくらでもボールがあって練習がスムーズにできること。
「僕らのためだけにトラックで用意してくれたんじゃないかな。グローブ、リストバンド、野球道具を入れるバッグもあった」
WBCで自分たちのために与えられた野球の環境に感嘆し、これがMLBと同じ環境なのかと目をキラキラとさせた。
現地メディアが伝えた心温まるサイドストーリー
3月11日のチェコ対日本戦は、東日本大震災から12年の日だった。試合前に黙祷があったことや、佐々木朗希が被災者であることもチェコのメディアは詳細に伝えている。チェコ人にとって、1968年が共通の過去の痛みであるように、日本人には日本人の痛みがある、という重みをチェコ人は伝えたがっているかのようだった。