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最後に、メキシコ時代から旅の愛読書として持ち歩いていた薄手の『新約聖書』の表紙にサインをもらった。僕も彼と同じように神様を信じていることを伝えたうえで、
「よかったら、日本のために祈ってほしい」
そう伝えた。当時、日本は東日本大震災から1年と少しが経ったばかりで、まだまだ大勢の人がそのなかを、あるいはその影響や余韻が深く残る時のなかを生きていた。
ポルトガル語の体を為していない謎言語でも真剣に聞いてくれた
ちなみに、このときの僕はまともにポルトガル語を話せなかったので、スペイン語を自分なりにポルトガル語風の発音に直したかたちの、でも、実際にはポルトガル語の体を成していない謎の言語で彼に話しかけていた。
それでも、彼はこちらの目を見て真剣に話を聞いてくれ、
「わかった、お祈りだね。祈るよ!」
心からの言葉でそう答えてくれたのだった。
このときのことを、彼自身はもう覚えていないだろう。それでも一向にかまわない。これはあくまで僕にとって必要だった出来事であり、こちらは決して忘れることがないからだ。当時20歳だった彼の素朴で誠実な人柄にふれたあの数分間は、僕がまだ行き先もわからないまま歩もうとしていた冒険を、あの場で中断せず、そのまま進み続けることを決意させるに十分な経験だった。彼にはいまも深く感謝している。