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 試合形式での6対6の練習時、1つのローテーションで5点を連続して取り切るまで終わらないルールが設けられた。ローテーションによってはなかなか点が決まらず、回すことができないところもあり、できなければ練習も終わらない。確実に終わらせるべく、木村はラリーが続いた場面で、強打ではなくフェイントをした。

 結果的にその1本は得点とならなかったが、木村のフェイントで崩れたところを別の選手が決め、なかなか点数が入らなかった場面でようやく1点を取り切った。やっと練習が終わる、と他の選手たちも安堵する中、フェイントを選択した木村に小川氏の雷が落ちた。

 当時は17歳。当然木村も、カチンときた。

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「正直に言えば、『え? なんでこんなに言われなきゃいけないの?』と思ったんです。確かに私、フェイントをして決まらなかったけど、他にミスをした選手もいたのに『それ?』って。イラっとしたから、その時思ったんです。『もう絶対先生の前ではフェイントしない。どんなボールも絶対打ってやる』って」

 現役時代の木村を振り返ると、浮かぶのは圧倒的な勝負強さだ。どんな状況でも「ここは決めてくれ」と全員が祈るような場面でトスを託され、必ず決めてみせる。ひょっとしたら、小川氏はまだ見ぬその姿を高校時代の木村に重ねていたのではないか。エースがここで逃げてどうする、と。

 あの頃は全く意図なんてわからなかった。でも後々考えたらわかることがあるかもしれない。笑いながら木村が言う。

「応援する人からすれば『せっかくボールが来たのに、そこで打たないの?』ってなるじゃないですか。チームのみんなでしっかりつないでつないで、その大事な1本を私に託してくれているのに、フェイントでいいのか。自分ではなく、ボールを託してくれたチームのため、この1点を託してくれた人たちのために打つ時はしっかり打って点にする。そういう意味がこもっていたのかな、って今になって思いますね」

 たかが1点。だがその1点が試合を大きく左右する。それがバレーボールであり、小川が木村に教えたのは、この先も同じか、もっと厳しい局面で選択を誤らないように、という“大人のバレーボール”へとつながる発想だった。

下北沢成徳で学んだ「自主練習」

 全国優勝を成し遂げる強豪校でありながら、週に一度は休みもある。ボール練習の時間も決して長くないが、全体練習を終えてからの自主練習と器具を使ってのウェイトトレーニングやグラウンドでのラントレ、先を見据えた身体づくりも下北沢成徳の文化だ。

 そして3年間で培った教えを活かし、木村も下北沢成徳を卒業後、東レや日本代表でも自主練習は大事に取り組んできた。

「成徳の基礎練習は10本あったら10本上がるまでじゃなくて、できてもできなくても全員が10本ずつ。フラフラになるまでやらせることは絶対ないし、逆に言えば2~3本しか上がらなくても10本で終わり。だから常に『この10本全部上げよう』と意識していました。できた、できないというのは自分が一番わかっているから、あの練習はできなかった、と思えば自主練習でやるし、むしろ私は自主練習のほうがメインだと思っていたぐらい。だから先へ進んで、全体練習が終わってからあとはフリーで、と言われた時に『自主練習で何をしたらいいかわからないから、みんながやっているものをやる』という人が意外と多くてびっくりしました。同じ時間を使うならもっとこういう練習をすればいいのにもったいないな、と思うこともありましたね」