文春オンライン
「ある試合後に、私の部屋を訪ねてきた選手がいました…」WBC日本代表を率いた栗山英樹監督が明かした“忘れられない出来事”

「ある試合後に、私の部屋を訪ねてきた選手がいました…」WBC日本代表を率いた栗山英樹監督が明かした“忘れられない出来事”

『栗山ノート』より #3

2023/03/31
note

田んぼや畑と同じように心も耕す

 8回表に8点差とした時点で、私は勝利を確信しました。コーチ陣に「勝ったな」と話したわけではありません。ただ、内心では安堵感が広がっていました。その瞬間に、勝敗の潮目が変わったのでしょう。自分の浅はかさがもどかしく、スコアボードを見て自分を罵倒しました。

 創意工夫や努力を忘れないためには、順境に驕らず、逆境に怯まない心を持たなければならない。小さな変化に敏感であるために、私は二宮尊徳の「心田を耕す」という教えに惹かれます。

 私たちが生きている世界のあらゆる荒廃――雑草が生い茂って土地が荒れ果ててしまうような状態――はすべて心が枯れていたり廃れていたりすることに起因すると、二宮尊徳は説きました。

ADVERTISEMENT

 だとすれば、私たちはどうしたらいいのか。

 心の田んぼを耕すのです。

 田んぼや畑と同じように心も耕していかないと、ヒビが割れて栄養不足になってしまいます。

 干からびてしまった気持ちで、誰かに優しくできるでしょうか。手を差し伸べようと思うでしょうか。隣人と水を分け合うよりもまず、自分の喉の渇きを潤そうと考えるはずです。優しさや労りの気持ちが、広がっていきません。

 キレイに整備されたグラウンドを見ると、「心田を耕すとはこういうことだな」と思います。畑に種を蒔く前に、黒土を耕してデコボコをなくすことにも似ています。

©文藝春秋

溌剌颯爽

 心田を耕すためにも、「溌剌颯爽」の境地に近づきたいと思います。人間学を研究する出版社の社長を務める藤尾秀昭さんが説いています。

 溌剌颯爽とは、いつも気持ちをさわやかにしておく。いつも颯爽とした気分でいる。それによって、心の雑草を抜き取り、心に花を咲かせる、ということです。

 試合に負けたことを引きずっていつまでも暗い気持ちで、暗い表情をしていても、何も変わりません。負のオーラをまき散らしてしまうことにもなります。

 2019年6月29日、札幌ドームでの福岡ソフトバンクホークス戦は悔しいゲームでした。

 1点を追う4回に3点を奪い、5回表に同点にされるとすぐに1点をあげてリードする。ホークスには2勝6敗と大きく負け越していて、ここまで4連敗を喫していました。この試合に負けると貯金がなくなり、首位を走るホークスとのゲーム差がさらに開いてしまう。

 4対3とリードした6回からは、小刻みな継投で9回まで持っていきました。ところが、9回表に2点を失い、4対5の逆転負けに終わってしまうのです。

 試合後に番記者に囲まれた私は、「ただただ悔しい試合だった。いまは苦しい時期だが、みんなで力を合わせて、我慢して、勝っていくしかない」と話しました。