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「ある試合後に、私の部屋を訪ねてきた選手がいました…」WBC日本代表を率いた栗山英樹監督が明かした“忘れられない出来事”

「ある試合後に、私の部屋を訪ねてきた選手がいました…」WBC日本代表を率いた栗山英樹監督が明かした“忘れられない出来事”

『栗山ノート』より #3

2023/03/31
note

余計な言葉はいらない

 親と子どもほど年齢の離れた選手も増えていますが、それによって話しづらいとは感じていません。

 共通の話題は見つけにくいですし、好きな芸能人とかテレビ番組で盛り上がるのも難しい。ただ、年齢に関係なく話しやすい人はいます。そういう雰囲気を持ちたい。監督という肩書はそもそも選手を威圧してしまうので、難しいところはありますが……いつでも、誰とでも話ができるような準備はしています。

 2015年シーズンのある試合後に、私の部屋を訪ねてきた選手がいました。監督の部屋へ来るということは、精神的にかなり追い詰められていると想像できます。

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 翌日から私は、試合のあった夜はお酒を控えることにしました。監督が赤ら顔で部屋のドアを開けたら、選手は「すみません、また今度来ます」と引き下がるでしょう。

 勇気を振り絞ってきたに違いない選手の思いを、踏みにじるようなことがあってはならない。デーゲームでもナイターでも、試合日はお酒を飲まず、外出もせず、部屋にいることにしようと決めました。

 話をする立場になったら、言葉を少なくするように意識します。言葉を尽くして思いを伝えようとすると、結局は伝わりにくい。言葉が多いぶんだけ理解がすれ違ったり、言葉が上滑りしたりすることがあります。

 究極的に言えば、信念を持って生きていれば、言葉はなくても選手たちはくみ取ってくれる。余計な言葉はいらないはずです。

©文藝春秋

成功は常に苦心の日に在り、敗時は多く得意の時に因ることを覚る

 大正から昭和にかけての陽明学者にして思想家の安岡正篤さんのこの言葉を、2019年の私はスマートフォンの待ち受け画面にしています。

 成功とは苦しんだ日々の創意工夫と努力から生まれ、失敗とはおよそ順境のときに慢心し油断することによって起きる――まさしくそのとおりだな、と感じます。勝敗を争うプロ野球の世界にいると、この言葉の意味を痛いほど実感できる。チームが好調だからといって調子に乗ってはいけない、謙虚に努力を重ねていきなさいという戒めとして、「好事魔多し」という言葉も思い浮かびます。

 忘れられない、忘れてはいけない試合があります。

 18年4月18日、埼玉西武ライオンズ戦は8回表まで8対0の一方的な展開でした。ライオンズにはシーズン開幕に同一カード3連敗を喫していて、4月17、18日の連戦は必ず勝利をつかむ、という気持ちで臨んでいました。

 17日は7対2で快勝し、この日も勝利は目前です。ところが、8回裏に相手打線が突如として爆発し、一気に7点をもぎ取られてしまいます。試合の流れはもはやファイターズのものではなく、サヨナラ負けを喫しました。8、9回だけで8点差以上を引っ繰り返されたのは、プロ野球史上初めてだったそうです。

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