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「ある試合後に、私の部屋を訪ねてきた選手がいました…」WBC日本代表を率いた栗山英樹監督が明かした“忘れられない出来事”

「ある試合後に、私の部屋を訪ねてきた選手がいました…」WBC日本代表を率いた栗山英樹監督が明かした“忘れられない出来事”

『栗山ノート』より #3

2023/03/31
note

 すべて本心ですが、頭のなかは整理されていません。神経がぎざぎざに尖って、心の襞をところかまわず傷つけていくようです。ピッチャーを8人も注ぎ込んで負けたのですから、いつにもまして無力感や徒労感に襲われます。

 だからといって、いつまでも悔やんでいるわけにはいきません。

 レギュラーシーズンは143試合ある。

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 そのうちのひとつを落としただけだ。

 次こそ勝利をつかむ。

 そうやって前向きに考えると、足元に落ちていた視線が上がっていきます。自分自身だけでなく周りにも、ポジティブな雰囲気を与えることができる。心田を耕すことは、毎日を生き生きと過ごす第一歩なのでしょう。

©文藝春秋

霜を踏みて堅氷至る

 古代中国の書物『易経』のなかでも有名な言葉です。

 寒さが増して霜の張った道を歩くようになると、そろそろ堅い氷の張る季節がやってくるなと予想が立つ。物事には予兆があり、それを見逃さないで対処するべきだ、というのが本来の意味でしょう。

 霜の上を歩くと、ミシミシとかサクサクという音がします。翌日の朝も、その次の朝も同じ音を聞けば、そろそろ氷が張るなと誰もが考えるでしょう。

 大切なのは、予兆を行動へ生かせるかどうか。

「まだ霜で氷じゃないから、長靴を用意しなくてもいいだろう」ではなく、「明日にはもう氷が張ってもいいように、今日のうちに準備をしておこう」と考えて、下駄箱にしまっておいた長靴を出しておく。「これぐらいでいいや」という安易な判断が積み重なると、本当に大きな問題が起きたときに迅速に対応できない。大きなミスを犯してしまった過程を振り返ると、兆しを感じ取っていたのに甘く見ていた、ということが多いものです。油断が元凶になっているのです。

「まあいいや」と考えたらその瞬間に成長を諦めることになる

 言いかたを変えれば、例外を作らないということになります。今日は疲れているからとか、明日のほうが時間はあるからと、仕事や雑務を後回しにしてはいけません。

 プロ野球のレギュラーシーズンは、143試合で争われます。2018年のパ・リーグを制した埼玉西武ライオンズは、53敗しています。セ・リーグ優勝の広島東洋カープは59敗でした。1シーズンに50回以上負けても、リーグチャンピオンになることができるわけです。

 だからといって、「50回負けられるのだから、今日はまあいいや」と思ったらいけない。「内容が良くても負けることはある」のは勝負の世界ですが、そう簡単に割り切りたくない。「まあいいや」とか「それが勝負の世界だ」と考えたら、その瞬間に成長を諦めることになってしまうというのが私の考えです。