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準備宿泊に申し込んだ世帯数は…

 避難指示解除に当たっては、事前に登録すれば宿泊できる「準備宿泊」が1年前、つまり2022年4月に始まった。小野さん夫妻はすぐに申し込んだ。給湯器や冷蔵庫、エアコンが全て壊れていたため、実際に住み始めたのは2022年7月だ。その後に工房も自宅へ移した。ただ、一家で戻ったのは夫妻だけで、いわき市に拠点を置いた長男や嫁、孫が同居する予定はない。

 今回避難指示が解除された地区には2500人ほどが住民登録をしている。しかし、準備宿泊には27世帯56人しか申し込みがなく、「登録していた人も避難先と2拠点居住で行き来していた人、片づけの時に泊まるだけだった人もいて、ずっと住んでいた人は少なかった」と役場の担当者は言う。

 小野さん夫妻も、郡山市の「避難宅」は残しており、行ったり来たりの生活だった。通院先など郡山にも暮らしの根ができてしまったからだ。

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「夜の森で寝起きしていても、他の人には誰にも出会いません。どこに準備宿泊の人がいるかも分からないほどでした。寂しいというより、むしろ怖い。これからも住む人はそんなに増えないでしょうね」と繁子さんは話す。

 そもそも住める家が少ない。震災時に修繕できず、12年間も放置せざるを得なかった家屋は壊れ放題だ。解体せざるを得ない建築物が多く、どんどん更地が増えている。更地になった後も放置され、草がぼうぼうになった場所が少なくない。

「何か起きても、隣近所がいないから助けてもらえません。交番の警察官は巡回してくれますが、火事が恐ろしい」と耕一さんは言う。富岡消防署が水利を確保するために防火水槽を置くなどしている。

 このような状態で避難指示が解除されても、将来像が見えないのが実情だ。

しかし夫婦は希望を失っていない

 ただ、夫妻は染色で夜の森の魅力が発信できないかと考えている。

 自宅に移した工房では、富岡町のマスコットキャラクター「とみっぴー」をデザインしたエコバッグや、桜をあしらったハンカチを制作しており、町の観光案内所やホテルで販売している。

富岡町のマスコットキャラクター「とみっぴー」のエコバッグを手に小野耕一さん(おだがいさま工房)

 桜をあしらったハンカチには、ピンクの昼桜と藍染めの夜桜の2種類がある。ピンクの染料は桜が原料ではないので、「ゆくゆくは夜の森の桜で染めたい」と考えている。

「剪定した枝で煮出すのです。これまで他地区の桜で実験を繰り返してきたのですが、なかなか鮮やかな色にはならず、肌色に近くなってしまいます。これをどうにか工夫して、夜の森の桜並木の色に近づけたいと考えています」と耕一さんは意気込む。

 震災前に友達と楽しんだ釣りを思い出しながら、アユをあしらった作品なども作った。

友人と楽しんだアユ釣りを思い出しながら制作した(おだがいさま工房)

「海あり山ありの富岡町は、四季の表情が豊かでした」。そう話す時の耕一さんは自然に頬が緩む。

 染色には町への思いがあふれている。帰還はようやく始まったばかりだ。

その他の写真はこちらよりぜひご覧ください。