どちらにせよ私は頭を強打した。このぐらいの衝撃があると、ヘルメットのあごひもを正確にしめていないと、ヘルメットがすっぽ抜けることがあるそうですが、それはなかった。ヘルメットに亀裂が入ることもあるそうですが、それもなかったですね。
実は、レースのちょっと前に、ふと思いついてハンドルのセンターにぶ厚いクラッシュパッドを装着していたのです。このクラッシュパッドが功を奏した。
事故を予測していたわけではないのですが、追突事故のときにハンドルのシャフトが頭や胸に刺さるケースがあると前々からきいていたので、気休めにすぎないかもしれないけれど何か対策をほどこしておいたほうがいいと思っていたのです。ようするに勘がはたらいたということだと思います」
恐怖と興奮で錯綜しながら、不思議な冷静さも
そして火災が発生する。最終的に漆原則光のマーチ745BMWは前半分が焼けてスクラップと化す。もちろんマシンから脱出できなければ焼死していた。
「激突した瞬間に私のクルマから火が出ました。最初に思ったことは、これは大事故だということです。北野さんのクルマに乗り上げたまま、2台ともにコース上を滑走していきました。その間に考えたことは、私のクルマの前部が衝突のためにつぶれていて、メーターが手前に押し出されていたので、つぶれたシャシーに足が挟まれているのではないかということです。
どうしたことか、ハンドルのむこう側にあるはずのメーターが目の前にあった。もし足が挟まれていたらマシンから脱出できないし、骨折でもしていたら逃げ出すことすら不可能だ。足が挟まれているとか、いないとか、恐怖と興奮からか感覚ではわかりませんでした。ショックで感覚が錯綜していたのでしょう。
しかしいっぽうで、意外なことに、とても冷静なのです。生命の危機的状況にある私は、そこから脱出して生きようとしていた。そのときの精神状態というのは案外、冷静なものだなと思いました。
だから足は大丈夫かと思ったつぎの瞬間、すぐにシートベルトのロックを解いて、足が自由なことを確認している。私の両足は、つぶれたシャシーに挟まれていなかった。クルマは、まだ滑走していたから、いま飛び降りたら危険だろうと判断しているのです。飛び降りるために、滑走がおわるのを待っていた」