生きている人間にメイクするより数倍も繊細に
ファンデーションの瓶をいくつか開け、少しずつ取ってパレットの上で色を混ぜ合わせる。パスポートに写っている故人の顔を見ながら、それに近い肌色を作っていく。スポンジにそのファンデーションを含ませ、ポンポンというより、ふわんふわんと肌に置いていく。
こすったり、押したり、強くたたいたりするのは厳禁だ。乾燥した肌は一瞬のうちに油分を吸収するが、すぐにポロポロとむけてくる。生きている人間にメイクするより、数倍も繊細に扱わねばならず、A氏は慎重にファンデーションを叩いていく。額際や鼻の付け根には、小さな筆にファンデーションをつけ、少しずつ埋めていく。
中には皮膚がなくなっている遺体、触ればすぐにズルリと皮膚がむけてしまう遺体もある。スポンジや筆は使わず、指先にファンデーションをつけて、ほんの少しずつ肌にのせ、肌色の肌を作る。遺体の顔や首だけでなく、手や指にもファンデーションをつけていくのは、気が遠くなるような作業だという。
「爪が変色していたら、女性ならピンクがかったマニキュアを塗る。男性の場合は色を変えるか、見えないよう手を組ませる。お父さんは指先が少し変色しているが、爪がきれいな色をしているからこのままで」
顔だけでなく、見えている耳や首元にもファンデーションを塗った後、眉をきちんと整え、唇にナチュラルに見える色のリップクリームを塗る。髪の毛を整えると、見違えるほどきれいになった。
「皮がむけちゃいますから」とお願いしてもつい手が出てしまう
遺体の横にパスポートの写真を並べ見比べる。肌の色は写真と遜色ない出来栄えだ。生え際の肌色が気になったのか、白いフェイスパウダーとチーク用のブラシを取り出した。フェイスパウダーをたっぷりとブラシにつけ、生え際からゆっくりとブラシを走らせる。油分の多いファンデーションはフェイスパウダーを吸着し、きれいな白髪に変わっていく。
「このほうが自然。眉毛の色をもう少し茶色にした方が写真に近いな」
細かな修正をいくつか行うと、遺体の顔は、パスポートの写真に近くなった。A氏が遺体に声をかける。
「これで大丈夫、もうすぐ帰れるからね」
日本の棺に故人をおさめると、K氏が遺体の襟元を直しながら語る。
「日本ぐらいですよ。亡くなった人を仏にして、さらに仏様と『様』をつける。それくらい日本人は昔から死者を尊んできた。それに日本人ぐらい家族の遺体に触る国民もいない。どの国の人も、家族が冷たい遺体となってしまえば、ほとんど触れようとはしない。
でも日本では、何時間も苦労してファンデーションをつけて顔の色を戻し、『エンバーミングしていますから顔には触らないで下さい、皮がむけちゃいますから』と遺族にお願いしても、遺体の顔を見た瞬間、つい手が出てしまう。頬に触ってズルリと皮がむけたり、肌色がべろりと取れたりなどということが起きると、さすがに慌てます」