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「昆虫食」は本当に飢餓対策になるのか?サル化する社会で私たちがすべきこと

堤未果×内田樹対談♯2

2023/04/29

source : ライフスタイル出版

genre : ニュース, 社会, 経済

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昆虫食ブームの背景にある“不都合な予想”

 最近、急に流行り出した「コオロギ食」、内田さんはもう食べましたか?

内田 いや、食べてないです。昆虫食の話はどうしてまた急に出てきたんですかね。

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 もともとは、2013年に国連食糧農業機関(FAO)が発表した報告書がきっかけでした。2050年には人口が90億を超えて食糧危機が深刻になるから、今後は、育てるのに必要な土地や水や餌が、家畜よりずっと少なくて、環境負荷も小さい昆虫を、タンパク源として活用すべき、という内容です。これを世界経済フォーラムも支持していますし、日本ではSDGsの絡みで推進キャンペーンをし始めたんです。内閣府の「ムーンショット計画」という未来計画図の中にも、昆虫食が入っていますよ。

 

内田 昆虫食のキャンペーンの背景には、飢餓の到来について、確度の高い予測が出ていることもあるんでしょうか?

 最新のものですと、去年FAOやユニセフを始め、5つの国連機関が共同発表した「世界の食料安全保障と栄養の現状」というレポートで、たとえコロナが落ち着いて世界経済が回復したとしても、2030年には世界人口の8%が飢餓に直面する、という予測を出しています。

 ただ、飢餓問題の判断基準には賛否両論あって、食糧の絶対量の不足ではなく、深刻なのは、あっても価格が高すぎて手に入らないアクセスの問題が大きい。もし生産そのものの減少を危ぶむのなら、劣化した土壌の再生や農法そのものの転換が先だし、アクセス格差の問題はグローバル化の中で寡占化した産業構造の見直しが急務です。

 急に出てきたこの「昆虫食キャンペーン」を飢餓対策というのは、疑問がありますね。むしろ新しい有望市場として世界から注目されている方が大きいでしょう。何せ昆虫は、2025年までに1000億円規模になる巨大市場ですから。

©AFLO

内田 これまで食べたことのないものを工夫して可食化するというのは食文化の偉大な達成ではあるわけです。これまでも「こんなもの食えるか」というような動植物を人間は何とかして可食化してきた。焼いたり、煮たり、蒸したり、燻したり、乾燥させたり、晒したり……あらゆる手立てを尽くして食えないものを食えるようにしてきた。不可食物の可食化こそ食文化の偉大な功績です。

 でも、だからと言って、別に今急にコオロギ食べろと言われても……それって、別に食文化の高度化とか、多様化という文脈での出来事じゃないでしょ。