強欲資本主義の次なるターゲットは食と農か? フードテックに隠されたマネーゲームに警鐘を鳴らす『ルポ 食が壊れる』が話題を呼ぶ堤未果さんと、『サル化する世界』が文庫化された内田樹さんが食をテーマに語り合った。
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ビル・ゲイツは宇宙から見えるほどの大きさの農地を買い占めている
内田 堤さんとお話しするのは、『サル化する世界』に収録された巻末対談以来ですね。あの時はまだコロナ前で、医療や教育の現場で急速に進む“株式会社化”について話し合いましたが、今回のテーマは食です。
新著の『ルポ 食が壊れる』には、初めて知るショッキングな話が沢山ありました。大資本がアグリビジネスに投資し、バイオテクノロジーを駆使して遺伝子操作し、食品を開発し、農地を買い漁っている実態をご本で教えて頂きました。ビル・ゲイツは宇宙から見えるくらいに農地を買い占めているという話にはびっくりしました。
堤 ビル・ゲイツさんは今やアメリカ国内の農地の最大所有者です。ダミーのカンパニーを使って各州でどんどん買い漁り、すでに香港全体と同じ大きさの土地を手に入れました。そんな広大な土地を何に使うのかといえば、マクドナルドのポテトや、代替肉用の遺伝子組み換え大豆など、商業用穀物の大量生産ですね。ゲイツさんだけではありません。今、国連と世界経済フォーラムが、気候変動問題を背景に、従来の畜産を人工たんぱく質に置き換えるなど新しい食システムへの移行を呼びかけている中で、これを次のビジネスチャンスとして、食と農の世界では、開発競争から農地買い占めまで、熾烈な闘いが繰り広げられているのです。
内田 農地や水資源や森林や河川など、「人間がそれなしでは生きていけないもの」は本来「私有」してはいけないものだと僕は思っています。そういうものは、公共的に管理する。水や食物は、できるだけ安全なものを、できるだけ安価で、できれば無償で提供してゆくこと、それが人類集団の久しい願いだったと思います。ですから、「それなしでは人が生きていけないもの」を金儲けの具にするのは、僕は人類史を退行してゆくプロセスだと思っています。
堤 ええ、本来はそうですよね。政府の介入を極力減らし、市場の見えない手に任せることを目指す新自由主義は、全てに値札をつけてゆく――それが暴走してゆくと最後はいのちに関わるものや共同資源にまで手を出すことになります。その終着点は、共同資源が存在しない、まさに「ゼロ・コモンズの世界」。今お話に出た、大地や水や森や川のようなコモンズ(共同資源)の価値が、地球環境という視野から見直され始めている所を、暴走した新自由主義がものすごいスピードで追い越そうとしていることに危機感を感じています。