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「昆虫食」は本当に飢餓対策になるのか?サル化する社会で私たちがすべきこと

堤未果×内田樹対談♯2

2023/04/29

source : ライフスタイル出版

genre : ニュース, 社会, 経済

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農業を守ろうとした時の一番大きな敵は「サル化」

 でも、生態系を守り、農作物を再生産し続けるためには、100年単位のタイムスパンで、先祖も自分たちも孫や子も、みんな一つの運命共同体のメンバーだという広々とした時間意識が必要です。

 ヒトは時間意識を拡大することによって他の霊長類から分離して、文明化したはずなのに、現代人の時間意識は逆にどんどん縮減して、「人間以前」に退行している。僕はこの文明史的な変化を「サル化」と呼んだのです。

 

 四半期利益だけしかみない株主至上主義によって、私たちは人間じゃなくなっていくんですね。私が今心配しているのは、そのサル化のスピードが、デジタルテクノロジーの進化に押されて、私たちも制御できないほど速くなってきてしまっている事です。100年単位で未来を想像するためには、まず一旦人間に戻らないとなりません。AI然りチャットGPT然り、遺伝子工学然り、人間のバイオリズムを遥かに超えたスピードに飲み込まれないように、自分を見失わないようにしないと。

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内田 農業において人間が管理できるのはごく一部に過ぎません。ですから、おのずと自分たちが享受している農産物は「自分の作品」ではなくて、「天の恵み」だという控えめな自己評価を抱くようになる。この控えめな自己評価が、先祖たち子孫たちすべてを含む広大な共同体への帰属感と、広々とした時間意識をもたらす。

 この本のために関わった多くの農業関係者の方々との出会いを通じて、私は、農業ほど画一化にそぐわない分野はない、と改めて気づかされました。そして、パンデミックやウクライナ危機で農業資材が入らなくなった日本が今立ち返るべき「思想」が、この国にはちゃんと残っているのを感じました。日本には水田ひとつとっても、一つの小宇宙が入っていると言われるくらい、豊かな生物多様性があります。

 先日、兵庫県豊岡市のコウノトリプロジェクトを成功に導いた中貝前市長と直接ゆっくりお話しする機会を頂いたのですが、「私達は地域一丸となって生物多様性を守りぬく」という思想を地域で共有したことが、結果的に世界で高く評価されて、素晴らしいブランド価値を作った事に、感銘を受けました。自治体の大きさに関係なく、目指すものがどこにあるかが付加価値を生むんですね。

内田 ご存じでしょうけれども、豊岡ではコウノトリが来て繁殖できるような田んぼを作ろうとして、農薬を使わない農業を続けていたら、とれるお米が予想外に美味しいことがわかって、豊岡の特産品になった。中貝前市長はこのお米を抱えて世界中にセールスしていました。日本列島は世界に類を見ないほど理想的な農業環境なんです。これを守らなければ。

 本当にそうですね! 豊岡のように、自然の循環に沿うことで結果を出した素晴らしいケースが、日本全国にたくさんあることに、私は希望をもらいました。足元にある宝ものに気付けば、今一番大事にすべきものがはっきり見えてくると思います。農業という100年単位の価値を持つものを守ろうとした時、一番大きな敵になるのは、ビル・ゲイツさんじゃなくて、内田さんの言う「サル化」でしょう。

 人間でいられるように、長い時間意識を忘れないように毎日を生きようと思わされる対談でした、今日は本当にありがとうございました。

内田 こちらこそありがとうございました。

(ジュンク堂梅田本店にて開催)

サル化する世界 (文春文庫 う 19-27)

内田 樹

文藝春秋

2023年2月7日 発売

 

「昆虫食」は本当に飢餓対策になるのか?サル化する社会で私たちがすべきこと

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