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「昆虫食」は本当に飢餓対策になるのか?サル化する社会で私たちがすべきこと

堤未果×内田樹対談♯2

2023/04/29

source : ライフスタイル出版

genre : ニュース, 社会, 経済

note

食文化の発達の陰にあった「他者の欲望を喚起しないこと」

 飢餓を回避するためには、できるだけ食文化がばらけていた方がいい。隣接する集団とは違う食物を主食にしていた方が飢餓リスクは切り下げられます。ある集団はコメを主食にし、ある集団は小麦を、ある集団はイモを、ある集団は豆を、ある集団はトウモロコシを…というふうに主食がばらけていると、例えばある年コメが凶作になっても、コメ以外の植物を主食にしている集団は飢えずに済む。人類全体としてはそうやって生き延びることができる。

 食において最も重要なのは「他者の欲望を喚起しないこと」です。ほとんどの食文化圏では、主食の上に独特の調味料をかけますが、それは多くの場合発酵食品です。発酵食品の放つ匂いというのは、その食文化圏内の人にとっては食欲をそそるものですけれども、外部の人からは「腐敗臭」にしか感じられない。他者から「あいつらゴミ食ってる。げえ、気持ち悪い」と思われることが食の安全保障上ではきわめて効果的なんです。他者の欲望を喚起しないから。人類はそういうふうにして食文化を深めてきたんです。

 それは興味深いですね。食文化の多様性が飢餓リスクを回避するとなると、この間世界中で勧められてきた食のマクドナルド化は、まさにその真逆、持続不可能な未来へまっしぐらですね。

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内田 まったく逆です。全員で同じものを食べるように仕向けているわけですけれど、これが一番飢餓リスクが高い。

 企業側からすると、食の嗜好が文化によって違う方が効率が悪いから、さまざまな仕掛けをして画一化された食を好むように持っていくんですよね。魅力的なマーケティングで惹きつけられながら、添加物や味の濃さや、たくさん加工されて自然から遠くなった食べ物を食べるほどに、味覚も麻痺していきますから。

 私が何度か行ったインドは、もともと豊かな食文化がある国ですが、ある時から「潰瘍性大腸炎」になる人がすごく増えたんですね。食の西洋化と輸入の加工食品がたくさん入ってきたのが主な原因だと言っていました。私自身も、学生の時から長く住んだアメリカで加工食品やファーストフードを食べていて胃腸の病気になりましたけど、帰国して食生活を変えたら、今度はファーストフードの方が味が濃すぎると感じるようになった。舌がおかしくなってたんですね。