人生100年時代を迎えた今、日本の職場の3割以上が55歳以上の労働者で占められていることが政府の労働力調査で明らかになっている。シニア世代は定年後、どのように労働に向き合っているのか。
ここでは、法政大学大学院政策創造研究科教授の石山恒貴氏による『定年前と定年後の働き方 サードエイジを生きる思考』(光文社新書)の一部を抜粋し、老後の働き方のリアルについて紹介する。(全2回の1回目/続きを読む)
◆◆◆
シニアは働くべきなのか
シニアの働き方思考法について検討する前に、そもそもシニアは働くべきなのか、という問いについて考えてみたい。結論を先取りすれば、もちろんシニアが働くことは義務ではない。本人の自由な意思のもと、こうありたいと思うサードエイジを過ごすことは当然だろう。
以前『定年後』という書籍がベストセラーになった。定年後にいきいきと暮らすためにはどうするか、定年後の黄金の15年間をどう過ごすか、という点に焦点をあてた書籍である。定年を悠々自適に過ごすことは難しく、社会とつながりながら、何らかの活動をしたほうがいい。仕事、ボランティア、地域活動などのカテゴリーもあるが、それだけにこだわることなく、自らの興味、関心で幅広く考えていけばいい、ということが述べられている。また多様な人々との交流の大切さも指摘している。
活動理論と離脱理論の議論に類似している意見も
この『定年後』の主張に対し、そうした定年後の姿を目指すべきではないという意見も表れた。定年後は輝かなければならない、充実した生活を送らなければならない、と圧力をかけられること自体が望ましくない。定年後など大げさに考える必要はない。むしろ何もしないほうが幸せではないのか。60年も生きたのなら強い自我のまま周囲に迷惑をかけるのではなく、身を修めて、本人が好きなようにすればいい。要約するとこうした反論である。
筆者は、これは興味深い議論だと思う。なぜなら、活動理論と離脱理論の議論に類似していると考えるからだ。『定年後』の主張は活動理論にあてはまるだろう。定年後もなるべく活動を維持し社会とつながることで、充実した生活を目指そうとしているからだ。他方、『定年後』に対する反論は、離脱理論にあてはまるだろう。身を修めて、周囲や社会に余計な負担をかけないように離脱していい、何もしなくてもいいと主張するからだ。