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洋子ママは順子を「姫」のエースとして育て上げ、順子もまたその期待に応えた。2人の信頼関係を象徴するようなできごとが起きたのは1966年のことである。
ある日の夜、店内で接客していた順子の耳に、遠くに座っているはずの洋子ママの声が聞こえてきた。
「何と言われても順子ちゃんだけはダメです!」
順子は必死で聞き耳を立てた。
「この店のことはすべて私が決めるんです!」
順子ママが振り返る。
「結局、何を言っているのかよく聞き取れませんでしたが、私の名前を大声で話していたことだけは分かりました。私は何か大きなミスをしてしまったのではないかと心配になり、後で洋子ママの近くにいた先輩にそれとなく事情を聞いたのです」
「ビートルズよ。分かってんの?」
順子は先輩のホステスに聞いた。
「今日、洋子ママが怒っていたように見えたのですが、何か問題でもあったのでしょうか」
「ああ、気にすることないのよ」
「でも気になります」
ホステスは周囲を見渡すと、声を潜めて事情を語った。
「いま、ビートルズ来てるでしょう? 今日もヒルトンに泊まっているらしいけれど、ビートルズを日本に呼んだというお客さんがね、ホテルに行ってくれる女の子を探してたらしいの。順子ちゃんをご指名だったみたいだけど、ママが“それだけはダメです”って」
「そうなんですか……」
「そうなんですか……って、あなた。ビートルズよ。分かってんの?」