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「目はくりぬかれ、胸が切り取られていました……19歳だったのに」戦争をきっかけに「子どもが産めなくなった女性」も…史上最悪の戦争「独ソ戦」の過酷さ

『世界史の中のヤバい女たち』 #2

2023/05/20

genre : ライフ, 社会, 国際

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 破竹の勢いだったドイツ軍はナポレオンも屈したロシアの冬のためモスクワに突入することが出来ず、スターリングラードの戦いでは、9万人もの捕虜を出して敗退します。この戦いが戦争の形勢を分ける分水嶺となりました。

 ソ連は怒濤の逆襲を開始。ロストフ、ハリコフ、そしてクルスクの大戦車戦。ファシストの軍団をソビエトの女は次々に打ち砕き、1945年5月にはついにベルリンを陥落させました。

 しかし、勝利の代償も大きく、お下げ髪を切られることを最後まで嫌がった、スターリングラードの白百合、リディア・リトヴァクは壮絶なドッグファイトの末戦死。

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 同じ学校から出征し、コナコヴォ組と呼ばれていた戦車隊の仲良し五人娘も、一人を除いて皆死にました。

 生き残った者たちも体と心に傷を負います。ある女性は脳挫傷のため片耳が聞こえなくなり、ある女性は24歳で自律神経が全て壊れ、ある女性は母親でも見分けのつかない面貌になりました。戦中に生理が止まり、そのまま子供が産めないからだになった人もいます。

 男たちは戦争が終わると掌を返したように冷淡になりました。英雄となった男たちは、かつての戦友を結婚相手には選ばなかったのです。再び『戦争は女の顔をしていない』の中から、女たちに投げかけられた言葉をいくつか引用してみます。

「彼女は香水の匂いがするんだ、君は軍靴と巻き布の臭いだからな」

 戦争に行かなかった女たちはさらに辛辣でした。

「で、戦地ではたくさんの男と寝たんでしょ? へええ!」

「戦地のあばずれ、戦争の雌犬め」

 やっと帰った実家から母親の手でたたき出された女性もいます。そして、こうした仕打ちから男は女を守ってくれなかった。自分たちだけで勝ったような顔をして。

「立派だとか、尊敬とか言ってるけど。女たちはほとんど全員が独身のままよ……共同住宅に住んでいるわ。誰が彼女たちを哀れんでくれた? 守ってくれたの? どこにあんたたち隠れてたの? 裏切り者!」

 戦いの最中も、そのあとも女たちは涙を流し続けました。しかし、それでも彼女たちが戦争の間、守り続けたもの、男がすぐに忘れてしまう、気持ちや優しさ、慈しみ、それは本当に尊くかけがえのないものでした。

彼女たちはヒトラーにも、スターリンにも勝った

 衛生兵だったナタリヤは戦争の終盤、捕虜となったドイツ人少年に、パンを分け与えました。

「信じられないの……。信じられない……信じられないのよ。私は嬉しかった……。憎むことが出来ないということが嬉しかった」

 もし戦いに勝つということが、相手を破壊することではなく、最後まで人間らしくあり続けることなのだとしたら、たとえ何一つ報われることがなかったとしても、彼女たちはヒトラーにも、スターリンにも、すべての男たちにも打ち勝ったのです。

引用・参考文献:
『戦争は女の顔をしていない』(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ著、三浦みどり訳、群像社、2008)
『どくそせん』(内田弘樹著、EXCELイラスト、イカロス出版、2007)
『ヒトラー対スターリン 悪の最終決戦』(中川右介著、ベスト新書、2015)
『独ソ戦 絶滅戦争の惨禍』(大木毅著、岩波新書、2019)

記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。

世界史の中のヤバい女たち (新潮新書)

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黒澤 はゆま

新潮社

2023年5月17日 発売

「目はくりぬかれ、胸が切り取られていました……19歳だったのに」戦争をきっかけに「子どもが産めなくなった女性」も…史上最悪の戦争「独ソ戦」の過酷さ

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