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「オオカミは怖くないから安心して。オオカミは自分のテリトリーを守る動物だから、それを教えてくれるように、人間と平行に歩く習性がある。だから、それ以上に近づかなかったら、襲われることはない!」

 このアドバイスが果たして何の役に立つのか? そもそも、まず現代日本で、狼はもう絶滅しているのに……。

「大型猛獣を目の前にしたら、どんな格闘技も意味がないからね。筋肉の違いを感じるから。ライオンの咆哮を聞くと横隔膜があがって筋肉が萎縮してしまう。でも、俺はフッと筋肉を緩める方法を知ってるけどね」講釈を垂れる。

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「それを教えろよ!」と会場全体から心のツッコミが入る。

 途中で自分の「もし闘わば……」が猛獣限定にしすぎていることに気がついたのだろう。

「俺みたいなのじゃなく、普通の人だったら、一番の強敵は虫だよね」と、突如、仮想敵が小さくなった。

「ハイキングとかで虫刺されに悩んでる人いるかも知れないけど、誰でも3日間、山の中に居れば、刺されない皮膚になる! そうなる! 人間ってスゴイよね!」

 普通の人間からしてみれば、そんなことを発見したジモンのほうがよっぽどスゴイのだが……。

 山籠りの話だけに、そこへ籠りきったまま、既に30分以上も経過していた。

「いいかい。山は登るんじゃない、山は泳ぐものなの! 常に道なき道なので草を掻き分ける動きを続ける。刀でも切れない植物があるから、猪が作った道を匍匐前進で進むほうが良いんだよ!」

 良く分からない山歩きのノウハウが伝授されたところで、スマイリーキクチから、実にジモンらしいエピソードが語られる。

「ジモンさんは、8月と9月に携帯電話が圏外になることが多いんですよ」

 これは、仕事をセーブして山籠りをするためであり、その間は誰も連絡がつかないとのこと。

 曰く、この時期は天然のオオクワガタを捕獲するために山に入るのだそうだ。

 最近では、その記録を残すために、10kgもあるハイビジョンカメラを担いで木に登るのだが、昨年は3日間、撮影に必要なポシェットを腹部に固定していたため、腹圧がかかりすぎて、ダチョウのジモンが“脱腸”になったという。

 まだまだ神秘的な山籠りの体験談が続く。

「信じてくれないかもしれないけど、俺は自然に守られているので、雨が降った時も、頭上の葉っぱが自ら動いて雨から俺を守ってくれるんだよ。土砂崩れがあった時も、木の根っこが絡み付いてひっぱり上げてくれた。これは根っこの存在を意識してる、信じている人には必ず起きる! だから皆も普段から木に対して『いい木だねぇ』と褒めてあげて! 俺は『もののけ姫』のコダマを見たことがある! しかもアフリカで見たんだ。あれの正体カエルだよ。それだけじゃない、山でラグビーボール大のなめくじに会ったこともある。信じられないだろう。でも、自然はすごいよ! 山の主、川の主が俺に挨拶をしてくるんだ」

 と神々しく語っていたところ、急に鼻を詰まらせて、ジモンがティッシュで鼻をかみだした。

「実は、昨日から風邪を引いている」というまさかの展開。

「体調管理できてないじゃないですか!?」とスマイリーに突っ込まれると、

「甘い! 俺は不摂生で風邪を引いたわけじゃないの。この風邪の原因は、昨日わざと傘を差さず、雨に打たれる練習をしていたためなんだよ! いいかい、雨の中を歩くと面白いんだよ! それだけで自分の体温を感じることができる。そして、そのまま自分の体温で服を乾かす訓練をしたんだよ。で、結局、風邪を引いたんだ」

 と実にわけの分からない反論を真顔で語った。

©山田真実 /文藝春秋

 その後も怪しい講演会のようなトークが延々と続いたのだが、この日一番の熱弁シーンを再現しよう――。

「いいかい? もうこれだけ言ったら分かっただろ? オッ俺は手術で全身麻酔した日でも、平気で筋トレをしたんだからね! 分かるかい? 30年間、1日たりとも欠かしたことがないの! ホントだよ! もちろん、大きい筋肉をつけるためには肉体に休息が必要なことは分かっている。でも、それじゃあ、ただの普通の人だよ。俺のように“心の筋肉”を考えると、雨の日も嵐の日も、風邪を引いた日も、手術した日も、とにかく1日もトレーニングをやめなかったこと、そのことが絶対的な自信になるんだよ! いいかい? みんな、思い浮かべてごらん。地球最後の日、世界中の人間が死んだとしても……分かるだろ? オッ俺だけは生き残ってる!」

 目の前のジモンを見つめながら、ボクはSF映画的な情景をイメージした。

「そう、たとえ体が潰れたとしても………」

 ジモンが会場全体をゆっくりと見廻す。

「オッ俺は顔だけでも動けると思うんだよぉおお!!」

 思わぬ展開にドッと笑いが起こる。

「笑い事じゃない!!!」

 ジモンが真顔で叱りつける。

「オッ俺が手だけになっても、その手だけで動くんだよ! なぜか?」

 客席が固唾を飲む。

「そこまで心を鍛えたからだよ!!!!」

 何かが憑依したかのような寺門人民寺院の教祖の演説に観客は大喝采! 

 一体、ジモンとターミネーター以外の誰が、こんな“狂おしいほどの希望しかない”台詞を吐けるだろうか。