技術的なアドバイスをするのは、師匠の役目とは思っていない
――では大変だったことに続いて嬉しいことを教えてください。
杉本 いちばん嬉しいのはプロになってくれたときですね。安心しますから。あとは、そこに至るまでの昇段、昇級を見るのは嬉しいですね。そこに尽きますね。ただ、やはり真の意味で嬉しいのはプロになったときだけですね。そこまでは大変なことが多いです。
――では棋士になられたら役目の大半は終えたといった感じですか。
杉本 もう責任はないので。ただ女性は男性とちがって、デビューするのが早いので。室田さんは16歳だっけ。中澤さんは?
中澤 大学1年です。
杉本 藤井竜王・名人は例外ですが、男性だと20歳前後。女性の場合、早ければ中学生でプロになっていて、室田さんは高校1年生。どなたかに「これで一人立ちですね」と言われたのですが、まだそうはいかないだろうなとは思いました。
室田 デビューしたのは高校生のときだったので、イベントはほぼ師匠とセットでした。
――保護者同伴みたいな。
室田 そうです。対局は1人で行ってましたが、イベントに関しては母に送り迎えをしてもらっていました。高校生のときは、母と師匠に守られながらの仕事でしたね。
――今、お二人の棋譜はご覧になるんですか?
杉本 便利な時代になりまして、中継していればリアルタイムで見ます。あと将棋連盟のデータベースでも見られるので、それで目を通すことが多いですね。
――それでアドバイスをいただいたり。
中澤 序盤で工夫していたことがあって。送っていただいた車の中で、師匠にそれについて言っていただいたことがあって嬉しかったですね。
――室田さんは、どうですか?
室田 見たよって言ってもらったりしますね。愛知に住んでいた頃は、今度、この方と当たるんですけどと言って一緒に対策を考えてくださったりもしました。今、大阪に住んでいるので、研究会にもあまり参加できていないのですが。
杉本 ただ、そういったアドバイスは師匠である必要はなく、室田さんなら、大阪に住んでいる若手棋士に頼んだり、勉強会を開けばいいかなと。中澤さんもそれは同じで。そこまで技術的なアドバイスをするのは、師匠の役目とは思っていないですね。そもそも私の感性が古い可能性もありますから。弟子がそういう機会が少ないのであれば応じますけど、無理にこちらから教えてあげるよと言ったりはしませんね。
弟子を取ると、お小遣いを減らされるという師匠も…
――師匠の大変さとはちがう、つらさの一例には何がありますか?
杉本 私ではないんですが、弟子を取ると、お小遣いを減らされるという人はいます。
――そうなんですか(笑)。
杉本 現実的な話をすると、弟子ってお金がかかるんですよ。なにか食べに行っても割り勘にはできないじゃないですか。お年玉をあげるのは少数派ですが、子どもが一人できたのと同じで、何かにつけて出費が増えるんです。
――では奥様があまりいい顔をされないケースもある。
杉本 それは家庭の問題ですけど、お金のことは現実的なつらさですね。
――でもそうやって残してきた師弟制度が、今の将棋界の良さの根っこにあるようにも思います。
杉本 そうですね。昔ながらの良さを残している業界なのかなって思いますね。
写真=細田忠/文藝春秋