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「しっかり物を取られないようにお気をおつけなさらないと」

 さらに7カ月後の同年12月5日付中央新聞には「昨朝来の掏摸退治」の見出しの記事が――。

1906年の「掏摸退治」を報じる中央新聞。問題解決には至らなかった

 昨今、(東京)市内と郡部を問わずスリ仲間の徘徊が甚だしく、そのために被害は1日約80件以上、多い時は130件に及ぶことがある。10月から11月末にかけてピークに達したというが、中でも五二共進会付近の電車内での被害者が7割を占め、その他は上野、浅草をはじめ汽車、電車の乗り換え場所に多い。スリ犯たちは市内居住にとどまらず、近くは横浜、保土ヶ谷、遠くは浜松、静岡、名古屋、大阪などから入り込んでくる者が少なくないとのこと。ことに例年でも被害の多い師走に入った昨今、軽視はできないとして、安楽(兼道・警視)総監は一昨夜9時、伊澤一部長、武東刑事課長らを官邸に招いて協議した。その結果、各警察署長と分署長に宛てて、4日午前5時を期してスリ犯人の大検挙を行うべき旨を厳しく訓示。刑事課をはじめ各警察署は昨日(4日)朝5時、市内と郡部に住む親分株はいうに及ばず、諸所徘徊の犯人取り押さえに着手した。銀行その他重要な場所はもちろん、電車内にも刑事、巡査を乗り込ませて厳しい取り締まりを励行している。

「五二共進会」とは、当時の農商務省官僚が織物、金属など5種類の製造販売奨励のために計画した品評会で、後で2種類を追加したことから「五二」に。日露戦争終結翌年のこの年9~12月、凱旋記念の「五二共進会」が、東京・内幸町にあった「五二館」で開かれた。そのことを指していると思われる。あまりのスリ被害の多さに警察もやっと立ち上がったということか。

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 中央新聞は翌6日付に続報を掲載。5日午後1時までに160人余りを検束したが、なお約400人が徘徊しており、警察はうち200人内外を把握しているとした。「仕立屋銀次の気焰(炎)」が見出しの記事は、「今回の大検挙について、彼ら社会の大親分として立てられている仕立屋銀次を訪ね、考えを聞いたが、例の威勢のいい江戸っ子弁で大気炎を吐いた」として、次のように続けている。

仕立屋銀次の怪気炎(中央新聞)

 ヘエ、きょうも突然に狩り込みにあったンです。しかし、悪いことをするやつはドシドシやられるのは仕方がない。自業自得です。けれど、罪のない者まで引っ張られるのはチトひどすぎやしまいかと思います。

 

 マア仕事(あきない)をしたにしてもいないにしても、今度のような突然なことをすると、後々に困りやしないかと思います。そうそう、なんぼ親となり子となっても、私の言うことを聞いてはくれません。随分これまで警視庁や警察、または刑事の旦那方に、できるだけならばまだしも、無理なお顔も立てているのです。

 

 いったん取られた物が元々通り……ヤレ警察署へ小包で届くとか、郵便箱の中へ投げ込んであるとか……、そういうはずがあるもンじゃありません。現に内閣の大臣方をはじめ、外国公使の方々の物などは、きっとやかましくお尋ねになるのだ。私らも罪を犯すとはいえ、日本の警察はさっぱり何をしておるのやら分からない、などと言われれば日本国全体の恥辱ですから、みすみす1品で3000両(円=現在の約1100万円)、4000両(同約1470万円)する品を返してやるというありさまです。モウモウ今度のような、いわば煮え湯を飲まされるようなことをされたンじゃ、お顔を立てたくても……。第一、子分のやつらが言うことを聞き入れません。じゃ、この末はマア皆さん方の方でしっかり物を取られないようにお気をおつけなさらないと、いったん取られた品がめったに出ませんから。何でもご用心が大切ですよ。アハッッッッ。