クリント・イーストウッド

 87歳のクリント・イーストウッドは2年に1本のスピードで映画を撮り続けている。36本目の監督作『15時17分、パリ行き』は2015年に起きた実話の映画化。アムステルダム発パリ行きの特急列車の車内で、イスラム国に影響されたテロリストが自動小銃AK-47を乱射しようとした。しかし、偶然乗り合わせた米空軍の救護兵スペンサー・ストーンと彼の幼馴染2人がテロリストに飛び掛かり、大虐殺を防いだ。彼らの英雄的行為を映画化するにあたり、イーストウッドは、なんと演技経験ゼロの本人に自分自身を演じさせたのだ。

「最初、彼らから事件の詳細を聞き取りしていた。プロの俳優に演じさせるつもりでね。でも、ふと思いついて言ったのさ。君たち自身がやってみな、と。3人だけじゃなく、他の乗客や現場に駆け付けた救急隊員、犯人を逮捕した警察官まで出ることになった。撮影現場では、みんな熱心に事件を再現してくれた。私はただ座って、君たちがしたことを演じてくれと言って、それを撮るだけだった」

 主人公にして主役のスペンサーはセリフが棒読みで表情も乏しい。彼が命がけでテロリストに立ち向かった時の心境を読み取るのは難しい。

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「その時、何を考えた?と尋ねると彼は『何も』と答えた。何も考えずに、高性能ライフルを持った男に突っ込んだんだ。理論的には勝ち目のない賭けだが、テロリストが引き金を引くとライフルは不発だった。それは奇跡じゃないのかって? わからないね。でも、スペンサーはきっと自分は神に愛されていると思ったんじゃないかな。幼い頃からキリスト教学校で学んできたから。聖フランシスコの平和の祈りを暗誦するしね」

 それは「主よ、私をあなたの平和の道具にしてください」という祈りだ。

©2018 Warner Bros. Entertainment Inc., Village Roadshow Films (BVI) Limited and RatPac-Dune Entertainment Inc.

「運命がスペンサーの人生をそこに導いたんだと私は解釈する。自分自身の人生を振り返ってもそう感じる。軍隊で乗っていた飛行機が海面に落ちたが運よく助かった。母は私の肩には守護天使が乗っていると言っていたが……。除隊後は、市立短大で経営を学んだ。将来の展望はなかった。友達に夜の演技クラスに誘われた。断ったのに連れて行かれて演技に興味を持った。人生なんてわからないものだ。人は常に理知的に論理的に生きることもできる。でも、それでは予測の範囲内のことしかできないんだ」

 スペンサーがイチかバチかの賭けに出たように、イーストウッドはスペンサーを使うという賭けに出た。

 インタビューが終わった後、イーストウッドは10年落ちの中古のフォードを自分で運転して去った。米寿を迎える巨匠はますます虚飾を削ぎ落して研ぎ澄まされていく。

クリント・イーストウッド/1930年アメリカ・カリフォルニア州出身。映画監督、俳優。高校卒業後に陸軍に入り、53年に除隊。55年に俳優として映画デビュー。71年『ダーティハリー』でスターの地位を確立。同年、映画監督デビュー。92年『許されざる者』、05年『ミリオンダラー・ベイビー』でアカデミー賞作品賞・監督賞を獲得。

INFORMATION『15時17分、パリ行き』

3月1日(木)より、丸の内ピカデリー、新宿ピカデリー他にて全国ロードショー
http://wwws.warnerbros.co.jp/1517toparis/

取材・構成:町山智浩