かつて職人の世界では「弟子は師匠の背中を見て覚える」が当たり前だった。しかし、最近では時代の流れに合わせて「背中も見せるが、口でも教える。理論も説いて教える」というスタイルに変化してきているそうだ。
ここでは、一子相伝でなく血縁以外に門戸を開いている師匠と弟子の“リアル”な関係を、16組32名に取材した『師弟百景』(辰巳出版)より一部を抜粋。刀鍛冶ひとすじ54年の刀匠・吉原義人(よしはらよしんど)さんとその弟子・羽岡慎仁(はおかまこと)さんの師弟関係を紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)
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真剣との邂逅
びっくりした。ご自宅の応接間でインタビューの途中、
「ご覧になりますか」
と、いともたやすく木箱から取り出して、鞘から抜き出してくださったからだ。
目の前に、刃渡りセンチほどの刀が現れる。場の空気がはりつめたと感じ、居住まいを正した。その刀は艶々とし、ゆるやかに反っている。
「持ってみますか」
「え? いいんですか」
「どうぞ」
おそるおそる柄の部分を両手で持つと、ずいぶん重かった。お腹に力を入れて、持った刀を前に向ける。窓辺からの光を受けて、刃がきりっと輝いた。
「すごく斬れそうですね」
「もちろんです。形がいいでしょう? 刃文が華やかでしょう?」
まったくもって、素晴らしいフォルムだ。刀身に目を凝らすと、表面についた波の文様——刃文が実に躍動的だ。これは、植物の丁子(ちょうじ)に似ていることから「丁子乱れ」と名付けられた文様だそうで、ほんの少し動かしただけで輝きが幾様にも変化する。
凜とした気品と、冴え渡る美しさに、ただただ圧倒された。日本刀が「折れず、曲がらず、よく斬れる」と、本来なら相容れない3条件を満たしているのは、古来積まれてきた技の結集だそうだ。この刀は、海外のファンからオーダーが入ってつくったものとのことで、貴重な一振りに触らせていただいて、感激です——と申し上げると、
「ケチじゃないんだ、俺は」
おどけて一笑された。取材中にそんな一幕があったことを、まずお伝えしたい。
吉原義人さん、日本を代表する刀工の1人だ。それも、祖父、父に継ぐ3代目。刀剣の研究もされている。
「刀は、武士の心のお守りでした」