少年の日の吉原さんが、祖父の隣にちょこんと座って鞴を吹く。純粋な鉄の融点は1538度だが、不純物が含まれている鋼の融点は、それ以下。温度が上がりすぎると燃えてしまう。経験と勘で、燃やさないギリギリまで温度を上げる。そんなコツを教えてもらう。祖父の背中越しに、鍛錬所の中でおこなわれているすべての工程を教わる。「気がついたら、私にとって刀がかけがえのないものになっていた」。
吉原さんは刀鍛冶ひとすじに54年。若い頃から、多数の名刀を収蔵する東京国立博物館などに通い詰めて古きを学び、実作に生かしてきた。試行錯誤の賜物である作刀技術は門外不出とされる業界なのに、「日本刀文化普及の役に立ちたい」と公開することを惜しまない。中国、フランス、ドイツなど諸外国で、吉原さんの作刀技術を詳述した本が出版されている。推して知るべし、先述した「ケチじゃないんだ、俺は」の言葉の重みを。それは弟子に対しても、だろうか。
火花飛び散る「素延べ」 の工程
年季が入った鍛錬所で、弟子入りして12年という羽岡慎仁さんが黙々と火床に向かっていた。取り組んでいたのは「素延(すの)べ」。先に書いた「折り返し鍛錬」によって「皮鉄(かわがね)」がつくられ、一方で炭素量の少ない鋼を用いて「芯鉄(しんがね)」もつくられる。素延べは、この芯鉄を皮鉄で、Uの字状に包むように組み合わせる「造込(つくりこ)み」を経た後、これを高温で熱し、平たい棒状に打ち延ばす工程だ。
羽岡さんは、ゴーゴーと音を立てて松炭が燃える火床を覗き込み、鞴を吹く。すると、空気の流れが変わったのだ。炎が先ほどより相当激しく揺れ動く。ゴーゴーの音も、さらに大きくなった。と、長い鉄の箸を差し入れた。つかんだのは、赤く熟した4、50センチの棒状の鋼(造込み後の鋼)。すばやく取り出し、傍らの台の上に投げるように置く。すかさず何度も何度もハンマーで力強く叩き打った。火花が飛び散る……。横から口を挟めない迫力。しばらく黙って見学させてもらってから、点々と質問。
——すごい力で叩くんですね。
「ええ。煎餅みたいにぺったんこに潰さなきゃならないですから。私なんか、叩きながら、次にどの箇所を叩こうかと、そればかり考えています」
——どの部分を叩くかが重要ですか。
「最も重要です。目視で厚さを等しく、きれいに」
——火床でお使いになる鞴は結構大きいんですね。
「4尺(約120センチ)ですね。幅は1尺3寸(約40センチ)くらい。たぬきの皮が張ってあります」
おそらく的を射ていない質問ばかりで申し訳ない。私は、若者の口から「尺」「寸」という昔の単位を聞くのは初めてだ。いい響きである。