かんがえるろう/ウェブサイト「少年犯罪データベース」主宰者。書庫にこもり、ひたすら文献を読み続ける日々を送っている。著書に『戦前の少年犯罪』(築地書館)。現在その戦後編を執筆中。筆名は「考える前にやるべきことがあるだろ」という戒めから。

「執筆に8年かかりました。その間、この1冊に人としてのすべてを吸い取られ、精も根も金も尽き果て生死の境を彷徨ったんです」

『道徳感情はなぜ人を誤らせるのか』を上梓した管賀江留郎さんは、悲痛な顔で語った。

 管賀さんは、戦前から現在までの少年犯罪を年代別、年齢別、種類別にデータ化した「少年犯罪データベース」というウェブサイトを主宰。昭和初期に少年犯罪が現代より頻発していたことを実証した著書『戦前の少年犯罪』も話題となった。

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「浜松事件について書いてみないか、と編集者に言われたのがきっかけでした。史上最大の少年犯罪なのに、まとまった記事が書かれたことはほとんどなかった」

 浜松事件とは、1941年から翌年にかけて、17歳の少年が9人を殺害し6人に傷害を負わせた事件。その事件を解決した紅林麻雄刑事は、戦後、二俣事件や幸浦事件などの冤罪事件を引き起こした人物だ。

「二俣事件の捜査に携わった山崎兵八という元刑事による告白を読んで驚愕しました。その本に導かれて足を踏み入れていくうちに、特異な人々が現れて、深みに引きずり込まれていったんです。山崎さんの執念に突き動かされた気がします」

 本書は浜松事件と二俣事件の詳細な考察から、戦前から戦後にかけての警察や司法の実態を検証し、なぜ冤罪や悲劇が起きるのか、進化心理学や政治哲学などあらゆる分野の知見をもとに明らかにしていく。

 管賀さんは執筆と並行して、アダム・スミスの『道徳感情論』を読んでいた。

「私は冤罪を軸にすることで、『道徳感情論』を読み解くことができました。利害関係のない他人の喜びや悲しみに〈共感〉を持つことが、人間の本性だが、共感が誤った行動をさせることもある。それを克服するために〈公平な観察者〉という理論をアダム・スミスは唱えたんです。本書は『道徳感情論』や進化心理学をもとに、保守主義や憲法の真の意義も解き明かしているので、保守主義者にこそ読んでもらいたいですね」

 ものごとを考えるとき、正しいデータがなければ、それは妄想でしかないと管賀さんは言う。

「私がやっているようなことは、中学生くらいの学力があれば誰にでも調べられます。近所の図書館へ行き、昔の新聞や雑誌を読み、データを集める。そうやってみんなで過去の情報を蓄積することで、現実が見えてくる。定年退職した方やニートの人にもお薦めです」

どうして悲劇が起こるのか。「拷問王」紅林麻雄刑事、日本初のプロファイラー吉川澄一技師、清瀬一郎弁護士、法医学の古畑種基博士、内務省と司法省の暗躍、大恐慌の原因、認知科学、宗教、言語と殺人の関係、アダム・スミス『道徳感情論』、ベイズの定理……。ミステリ小説のように読める百科全書的な524ページ。