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 ただ、俺はわざわざゲタを履かせてもらうことに何の執着もなかったし、むしろ「それなら実力で勝ってやる」と反骨心を燃やす性格だった。親戚に暴力団がいるから、公平な選出ができないというのであれば、最初からルールにそう書いておけばいい。もともと、この業界に夢や憧れを持っていなかった俺だが、選手の実力を公平に見ようとしない関係者の体質には幻滅させられた。

 俺はその後も、番組編成や斡旋で露骨に不利な扱いを受けた。1号艇が人より多く回ってくることはまずない。俺はスター選手とは真逆の「異端レーサー」として生きていく覚悟を決めた。

「見えざる掟」に支配された世界

 競艇の世界は上下関係が厳しく、特に九州地方などでは「先輩の言うことは絶対」という文化が根付いている。若い選手が、先輩にたてつくことはタブーであり、レースで下手な走りをして、同県の先輩などに不利を与えようものなら、レースが終わってピットに帰還したとたん、容赦なくドツかれる。これは、比喩ではなく本当の話だ。

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 競艇のレース用語に「進入」というものがある 。レースがスタートする前に、出走艇が1コースから6コースまで(競艇は1レースで6艇のボートが出走する)、どのコースに入るかを争うのが「進入」だ。

 競艇では、内側のコースほど有利とされているため、誰もが内側の1コース(インと呼ばれる)、2コースを取りたいのだが、新人や若い選手がコースを取りに行く(内側のコースを取りに行くことを「前付け」という)ことはまずない。

 選手が入ろうものなら「お前が前付けなど100年早いわ!」と、どやされるのが分かりきっているので、みな「暗黙のルール」を守っているのである。

 だが俺は、それはおかしいと考えていた。新人だろうと爺さんだろうと、レースに出れば上も下もない。内側が有利なら、デビュー戦からコースを取りに行くべきで、誰にどう思われようとそれが正しいと思っていた。

©AFLO

 俺も、デビューから2、3年の間はおとなしく外側のコースから走っていたが、そのうちおかまいなしにどんどんコースを取るようになった。特に、執行役員から身内の話を持ち出されてからはこう考えた。

「どうせ俺に1号艇は回ってこない。それだったら自分で取りに行ってやる」

 その掟破りの行動を厳しく叱責する先輩選手もたくさんいたが、俺はいつも反抗した。怖い先輩といっても、ヤクザ社会のど真ん中に身を置いて生活していた俺にとって、競艇選手など、ただの小さなオッサンにすぎない。

「お前、前付けしてなめとんのか!」

「どうしてですか。前付けしちゃいけないルールってあるんですか?」

 そのうち「三重の西川はややこしいやっちゃ」という定評が広まり、俺が成績を上げてくると、そのうち誰も何も言わなくなった。

 俺は、カネを稼ぐために選手になったのであり、選手と仲良くするためにこの世界に入ったわけではない。数は少なかったが、同じような考えを持つ個性派の先輩にかわいがられたこともあり、俺はある時期から急速に成績を上げることができるようになった。