俺が成績を伸ばすことができた理由のひとつに、業界で重要な制度変更があった。
簡単に言えば、選手の純粋な実力が、競走結果に反映されやすいルールとなったのである。
2012年、艇界で長く続いていた「持ちペラ制度」が廃止された。
「ペラ」とはモーターボートに取り付けられているプロペラのことだが、以前は、認可された形状の範囲で、選手個人が研究開発したペラ(持ちペラ)を使用することになっていた。このプロペラの調整能力が高い選手は、同じエンジンでも、他の選手と大きな差をつけることが可能だった。
だが、選手の「プロペラを作る実力」というのは、数値として公表されていないため、舟券を買うファンにとっては分かりにくい要素だ。そこで、公平性、透明性をはかる趣旨で、選手個人が作る「持ちペラ」ではなく、施行者側が用意したプロペラの使用が義務付けられることになった。
俺はそれまで、プロペラに関心を持たず、研究もしていなかった。しかし純粋な操舵技術の実力勝負なら、他の選手に負けないだけの自信は持っていた。いわば、このルール改正は、俺にとって大きな追い風になったというわけだ。
艇界に存在した「差別」
前述した「差別」について触れておきたい。
俺がデビューを果たしてから3年ほどした2011年、当時の競走会津支部執行委員から呼び出されたことがあった。
「西川、スター選手候補の件、悪いが辞退してくれ。選出してしまうと、身内の関係でどうもよくない」
競艇界には「スター選手育成制度」と呼ばれる若手の売り出し策がある。全国の各レース場から毎年1~2名、将来の「スター候補」となりそうな有望な若手選手を「地区スター候補」「地元スター候補」などといった形で選出し、さまざまな形でプッシュするというもので、基本的には客観的な成績で上位の選手が選出される。
特に成績優秀な数名の選手は「地区」「地元」といったワードが外され「全国スター候補」として売り出される。
2011年の三重支部では、若手成長株の箪頭は俺だった。本来であれば俺がそのスター候補に推應されるはずだったが、辞退しろという。理由は、身内に殺人事口件を起こした暴力団員がいるからだ。
「あ、別にいいですよ」
俺はそう答えた。すると、執行委員長はほっとした表情を浮かべ、こう付け加えることを忘れなかった。
「このことは誰にも言わないでくれ」
結局、そのときは俺より1期後輩の選手(俺より成績は下位だった)が選ばれた(「準地元スター候補」)。この「スター候補」に選ばれると、グレードの高いレースに優先的に斡旋されるし、通常のレースにおいても、有利な 号艇を多く与えられたり、実力が不足気味でも「ドリーム」と呼ばれる予選初日の最終レース(得点、賞金が高い)に出場できたりするメリットがある。