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 うちらも世間から冷たい目で見られるけど、『ティーンズロード』も同じ仲間なんだ、と。

 1991年10月号は「TR(ティーンズロードの略でしばしば、誌面ではこう表現した)って悪書かな⁉」と読者に問いかけるようなタイトルを表紙に入れた。そうしたのは、この問題を読者と共に考えようとしたからだ。決して編集サイドが「いやTRは悪書じゃない」と自分たちを正当化することはしなかった。あくまでも読者の意見を聞きながら、という姿勢を貫いた。この方が読者に響くと判断したからだ。

人気のあったレディースの総長たちにコメントを寄せてもらう

 特集では当時人気のあったレディースの総長たちにコメントを寄せてもらった。創刊号に登場し、その後も人気キャラクターとして度々誌面を飾った元浦和レーシングのTやMなど様々な地域の有名レディースたちがコメントを寄せてくれた。

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 彼女たちは概ね、「雑誌に載りたいからチームを作ったということ自体が間違いでカッコ悪いし、活動した思い出の記念に『ティーンズロード』に載ったのであって、青森のレディースはそもそも本質が間違っている」と、本誌に好意的な意見を寄せてくれた。ただ、ここはそういう好意的なコメントが寄せられるであろうとあらかじめ予想はできていた。これも大事なことだが、敢えて『ティーンズロード』とはあまり縁のない良識ある大人側の意見も載せたいと考え、社会問題を評論する識者にもコメントを求めた。

 案の定、大人側の意見は雑誌に対する厳しい批判も多かった。誌面はこうして賛否両論の意見が交差してなかなかスリリングな構成になった。予定調和ではない緊張感に満ちた誌面が作れたことは、編集者冥利につきることだった。読者も企画に参加しているようなダイナミズムを感じ取ってくれたのではないだろうか。

少し世間からハミ出した10代が何かを考える時間を、雑誌という枠で共有していたという(写真=比嘉健二氏提供)

特集に対する読者からの大きな反響

 また、この特集にあたりレーシングチーム「スティゴールド」のメンバーだったじゅんこの協力が大きかった。じゅんこは本誌でコラムの連載を持っていたり、『ティーンズロードビデオ』ではマイク片手にレポーターをやってもらったり、レディース引退後も大きく本誌に関わってくれた1人だった。じゅんこは他のレディースのコメントはもとより、教師や親、普通のOLや大人側のコメントも多く取材してくれた。立場的には本誌寄りなのに、敢えて大人側の意見も聞いてもらった。こうした取材を経験したじゅんこの意見も当然掲載した。

《最近のTRとか見たり、実際に私なんかもVIDEOでレポートなんかしての判断だけど、別にヤンキーやってなくてもいいんじゃない? って子が出たりしてると、アー、やっぱり雑誌だけに出たいんだなって思ったりもするんだ》

 実際、レディースに入っていた過去があるじゅんこなりの客観的な意見は貴重なものになった。

 特集に対する読者からの反響は大きく、本誌に肯定的な意見が多かったが、否定的な意見も寄せられた。賛否両論だったことに意義があったのだ。様々な意見を交換することで何かが見えてくることがある。それが投げかけられただけでも特集を組んだ甲斐があったのだ。 

 何よりこういう激論を交わす特集は作り手側と受け手側の距離を近づけるため、投稿にかなり比重を置いた『ティーンズロード』のような雑誌にとってプラスにつながったことの方が多かったのだ。