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 こうした「哲学」は、見る側にもビシビシと伝わるし、それは、モデルの牧野富太郎氏の名言であり、万太郎の信条でもある「雑草という草はない」という言葉に通ずるようにも思われる。この言葉を掲げてドラマの企画が動き出したのかと聞いてみると、

「『そう考えてやりました』と言いたいところですけれど、『たまたま合致した』と言うほうが正しいですかね(笑)。でも、偶然ではありますが、ある時代、ある地域、ある階層として十把一絡げにされていた人たちが、『個人としてどう生きるのか』を描きたいという思いが、はじめから強くありました。

 たとえば明治時代の酒蔵では、『蔵に女性が入ると腐造が出る』という、さしたる根拠もない迷信が信じられてきました。信じることで組織や社会が成立していたというか。けれど、酒蔵の人たちの中には、本当は『別に女性が入ったっていいんじゃない?』と考える人もいたかもしれない。社会秩序という大きな枠組みに絡め取られながらも、個人として何を望むのか、その意思をどう持ち続け、貫いていくのかということを描きたかった。

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 そのためには、当時の社会規範というものをできる限り忠実に描くのは避けて通れないことでした。そして、あの時代にあった『差別』や『偏見』は、形は変われども、今なお残っている。万太郎、寿恵子、綾(佐久間由衣)、竹雄(志尊淳)、そして、この物語の中で生きる人物たちが、『一度きりの人生』で何を望み、どんな選択をして、何と闘い、何に葛藤するのかを通じて、視聴者のみなさんにも感じ取っていただけることがあれば、と願っています。明治時代の話ではあるけれど、現在にも地続きの話なんだという思いで作っています」

「寿恵子が語った『大冒険』の意味が明らかに」

©NHK

 19週「ヤッコソウ」からは、どん底に落ちた万太郎の再生の物語が始まる。そして、その要となるのが寿恵子なのだと、渡邊氏は語る。

「19週では、万太郎の再生のキーパーソンとなる寿恵子の、凛とした強さが見どころです。また、20週以降では新しい局面を迎え、寿恵子が万太郎との結婚を決意したときに語った『大冒険』の意味が明らかになっていきます。今は『どん底』ですが、これから立ち上がって生きていく2人の姿を、見守っていただければと思います」

 この苦難を乗り越えた先には、きっと万太郎にも寿恵子にも、そして視聴者にとっても、見たことのない景色が広がっているかもしれない。