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「これは『昭和天皇独白録』と同じくらいの衝撃だ」歴史的スクープを後押しした、昭和史研究家・半藤一利の言葉とは

半藤一利さんの思い出を語る #1

source : 文春文庫

genre : ニュース, 社会, 昭和史, 歴史

note

歴史的スクープを後押しした一言

井上 本当に楽しい会でしたよね。毎月末の月曜日の午後6時からが定例で、会場は半藤さんのご自宅の最寄り駅池ノ上の居酒屋。お店は2階で、ものすごく急な軍艦のラッタルみたいな階段を上っていくんですが、毎回「今日はどんな話が聴けるんだろう」ってワクワクしていました。

 最初にビールで乾杯してから、みんなでわっと話を始める……内容を録音しておけば良かったなあ、とよく思います。

井上亮さん ©文藝春秋

 私は半藤さんには数限りない恩を受けているんですが、平成18年の「富田メモ」の時に最初の大きな、自分の人生が変わるような恩を受けたという思いがあります。

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 この時の経緯を言いますと、私がかつて取材していた元宮内庁長官の富田朝彦さんの日記と手帳を入手しまして、読んでみたら「靖国神社に昭和天皇が参拝しなくなった理由」、つまりはA級戦犯合祀が原因だと書いてあった。

「これは世に出したら大スクープなんじゃないか」となったんですが、私も新聞社自体も当初は自信がなかったんです。どういう形で記事にすべきなのか、他のメディアが後追いしてくれるのか、世の中の反応は……と。

 その時にまず相談したのが、半藤さんでした。昭和史の大家でいらっしゃったし、似たようなケースで「昭和天皇独白録」を「文藝春秋」で過去に扱っていらした。7月のものすごく暑い日でしたが、お宅にうかがって、問題の昭和天皇の発言が書かれている富田さんの手帳のコピーをお見せしました。

 それを読んで、1分もたたないうちに「報道しなさい」と半藤さんが言うんです。「これはもう独白録と同じくらいの衝撃だ、自信をもってやりなさい」と。そこで「よし」と勇気が出て、報道に踏み切れました。

 ……余談ですが、私が「これはオフレコですよ」って半藤さんにお話ししたことがあるんです。要するに、天皇陛下、現在の上皇さまがこのことをまったく知らずに、朝、新聞を読んで驚かれたらいけないと思ったので、報道前に宮内庁に通告していた。

 そのことを半藤さん、月刊「文藝春秋」の座談会で喋っちゃったんですよ! すると「日経と宮内庁が結託してあの報道がなされた」なんて変な解釈をする人が出てきて問題になりまして、大いに迷惑をしました(笑)。 

 まあともかくその後も、保阪さんのアドバイスで「東京裁判の研究」を始めて、国立公文書館の膨大な資料の勉強会をお二人にやっていただいたり、半藤さんには何度も昭和史の教えを請い、助けていただきました。私は半藤さんの子ども世代ですが、「この坊や、なかなか真面目にやっとるから探偵団に入れてやるか」と思われたんじゃないでしょうか。