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「これは『昭和天皇独白録』と同じくらいの衝撃だ」歴史的スクープを後押しした、昭和史研究家・半藤一利の言葉とは

半藤一利さんの思い出を語る #1

source : 文春文庫

genre : ニュース, 社会, 昭和史, 歴史

note

半藤さんの歴史観

戸髙 半藤さんって、人を育てるのが上手いんですよね。私は平成7年に海軍歴史保存会で編纂した『日本海軍史』の中の「日露海戦史」の執筆を担当したんです。日露海戦ってあまりにも有名で、だからこそ難しいわけで、まだ30代だった私に押し付けてしまえという事だったのか (笑)。

 それがきっかけで、「日本海海戦に丁字戦法は無かった」という原稿を書いて、半藤さんにまず見ていただいたんです。半藤さんは「こりゃあ面白れえ、うちで載せるよ」と言ったのですが、しばらくして「これ、文春には上手く載せる場所がないから、『中央公論』で掲載するよ」って言うんですよ。驚いたのですが、なぜか本当に「中央公論」に載りました。それがきっかけで私は海軍の専門家だとされるようになったんです。

戸髙一成さん ©文藝春秋

 もともと私は調べること自体が目的というか、自分の知的欲求だけを満たそうとするところがあるんですが、半藤さんにそうやって研究家として後押ししていただいたわけです。

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 その後平成30年に刊行した『[証言録]海軍反省会』全11巻は、海軍OBが戦後10年以上かけて行った「反省会」という会議の録音記録をまとめたものなんです。これも半藤さんの頑張れよ、との後押しが有った。

 歴史を研究するには、「徹底して、資料に基づいたものでなくてはいけない」それから「可能な限り、当事者から直接話を聞く努力をする」そういうことを教わりました。歴史探偵団は楽しい会でしたが、史実に対しては徹底的に実証的追究の手を緩めることはありませんでした。

保阪 半藤さんの歴史観というのは、私は4つの柱に支えられた「歴史館」、館だと僕は思ってるんです。

1、実証主義的にものを見るということ。

2、歴史を見るときにそこにある因果関係を見据えるということ。原因は追究する、でも結果は書かない。

3、やさしく書く。史実を、自分の頭で咀嚼して自分の言葉に変えて書いていくということです。

 4つ目は、半藤さんの歴史体験からくる「庶民の目」。つまり、戦争を起こした人たちのことは書くけれど、犠牲となった庶民の目で書く。

 この4つを柱に、歴史を、政治や思想の言葉ではなくあくまで自分の言葉で語り、ノンフィクションの中に歴史という分野を構築した先駆者でした。海軍記者・伊藤正徳さんや多くの先人の仕事を整理しながら、一つの世界を作ったんです。

保阪正康さん ©文藝春秋

 半藤さんとお話ししていると、何気ない一言に、いろんなものが凝縮されているのを感じました。「真理は、些末なところにあるんだ」「小さなことをおろそかにする歴史観、あるいは表現というのは基本的に失格だよな」って話もよくしてました。

 抽象的な論理だけで史実が構成されることをものすごく嫌ったんです。歴史を可視化していく、「国民化」していくという作業に一生懸命打ち込んでいらした。これは僕も全く同感なんですが、取材する時、資料を読む時には「人間を観る」んです。その資料を書いた人の性格とか人間の質をよく見て、まず最初に資料の信頼性とか訴求力の限界を頭の中に組み込むことが大事。