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「空襲の中を逃げ回るのに比べたら、何倍も良いよ」と…「歴史探偵団」が振り返る、半藤一利さんが遺した“教え”

半藤一利さんの思い出を語る #2

source : 文春文庫

genre : ニュース, 社会, 昭和史, 歴史

note

「俺は努力しないやつは嫌いだ」

井上 探偵団でお酒を呑んでいる時、何の話題だったか覚えていませんが、半藤さんが「俺は努力しないやつは嫌いだ」って、ひとこと言ったんです。半藤さんは取材を受けるときはちゃんと資料を用意しているんです。何度も読み返してボロボロになった本やびっしり書き込んだメモを持ってくる。

 ものすごい努力家だなと思っていましたから、「お前らも努力せよ」という意味かなと受け取っていました。でも、半藤さんが亡くなってから「そんな浅い意味じゃなかったんだな」と気づきました。

井上亮さん ©文藝春秋

 半藤さんは奥様に「墨子を読みなさい」と遺言を残された。墨子は中国の戦国時代に徹底した非攻=平和主義を唱えた人です。半藤さんが墨子について書いた本を読み返してみたんです。「戦うな」と説いてまわる墨子は、戦国時代ですから、当然、誰にも受け入れられない。けれども、へこたれず諦めずに平和を説いた。

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 そのことを半藤さんは非常に尊いことだ、と書いています。ああ、これはご自分のことも言ってるんじゃないかな、と思いました。半藤さんの昭和史の研究の目的は、平和を説いていくことだと。「努力しないやつは嫌いだ」という言葉には「平和のために努力しないやつは嫌いだ」という意味があったんじゃないでしょうか。

 ジャーナリズムも政治も歴史学も、何のためにあるのかといえば、究極の目的は平和じゃないか。平和な社会が前提でなければ何も成し遂げられない。平和な社会を維持していくために、自分は歴史研究をやっていて、ものを書いている。そういう半藤さんの思いを今、私は強く感じています。

◆◆◆

保阪正康(ほさか・まさやす)/昭和14年北海道生まれ。昭和史を語り継ぐ会を主宰。ノンフィクション作家、評論家。半藤さん同様、昭和史に関わる多くの人への聞き取りと取材を行い、平成16年菊池寛賞受賞。昭和史を題材とした著作を数多く発表。

戸髙一成(とだか・かずしげ)/昭和23年宮崎県生まれ。財団法人史料調査会理事、昭和館図書情報部部長を経て、 平成17年呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)館長就任。海軍史研究の第一人者。令和元年『[証言録]海軍反省会』全11巻刊行により、菊池寛賞受賞。

井上亮(いのうえ・まこと)/昭和36年大阪府生まれ。昭和61年に日本経済新聞社入社。平成18年に元宮内庁長官富田朝彦が残したメモ、通称富田メモ報道で新聞協会賞受賞。令和4年に長年の皇室取材と近現代史研究に基づく業績が評価され日本記者クラブ賞を受賞。

INFORMATION

 2021年1月に亡くなった「昭和史の語り部」半藤一利さん。毎年夏になると、日本の平和を願う想いを語っておられました。

 文藝春秋の公式Twitter「半藤さんの言葉」(@hando_bunshun)では、後輩である文春社員たちが、半藤さんの遺した言葉と作品を紹介しています。

日本のいちばん長い日 決定版 (文春文庫)

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半藤 一利

文藝春秋

2006年7月7日 発売

「空襲の中を逃げ回るのに比べたら、何倍も良いよ」と…「歴史探偵団」が振り返る、半藤一利さんが遺した“教え”

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