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「どこで不詰みを読み切ったの?」と聞くと…

 さすがに永瀬は落胆していた。叡王戦、棋聖戦、竜王戦と今期3度目の挑戦者決定戦を落としたのだ。

 伊藤は苦しそうとも、嬉しさを隠すようともとれる表情をしていた。20歳に似合わず落ち着いているなあ……。いや、そんなフレーズは藤井で書きあきた。

 感想戦は永瀬を慮って静かに形式的に進んだ。いくつか形勢が入れ替わったポイントがあり、観戦記者の小暮克洋さんと増田がAIはこう示していたと伝えると、永瀬は「そう指すんですかあ」と嘆息した。▲6二銀打について「これで勝ちだと思っていたんですが」と絞り出すように言う。「6二ではなくて5三に銀を打てば先手勝ちだった」と観戦記者が水を向けると、対局者2人とも驚いていた。

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 感想戦終了後、伊藤に「どこで不詰みを読み切ったの?」と聞くと、「△6一金打ったときには読み切っていました。だけど▲5三銀は見落としていたので……」と答える。いえ、残り5分あったけど、△6一金は時間をつかわなかったじゃない、あなた。たった1分で頓死筋も逃れ筋も読み切っているだけでヤバイよ。

「たっくん」と呼ぶのはもう終わりだ

 記者会見での言葉はどれも、いつものように訥々と、しかし、いくらか声を大きくしようと意識しているように語られた。

「勢いでここまで来たけど実力は伴っていない。藤井竜王は序盤中盤終盤どこをとってもまったく隙が見あたらないという印象です」

「実力的には足りないところが多いと思うのですが、注目していただけると思うので、シリーズを盛り上げられるように頑張りたいと思います」

記者会見の模様 ©勝又清和

「タイトルに挑戦できたのは嬉しい。将棋界の絶対王者なので、自分としてはぶつかっていくだけです」

「藤井竜王を追いかけてここまでこれたかなあと思うので、自分を引き上げてくれた存在だと思います」

 師匠(宮田利男八段)に報告するかを聞かれ、「タイトルを取ってから報告できればと思います」と力強く答えたのを見て、私は決めた。「たっくん」と呼ぶのはもう終わりだ。伊藤匠新七段は将棋界のニュースターだ。いつまでも子ども扱いの「たっくん」はふさわしくない。

 今年で21歳になる同士のタイトル戦で、ふたりの年齢を合わせると歴史上、最も若い。「史上最年少タイトル戦」の行方を見守ろうではないか。新しい時代の将棋を楽しもうではないか。

 後日、師匠の宮田に連盟で話をうかがった。「どうしてましたか?」と聞くと、「怖くてABEMAは見られなかったねえ。挑戦が決まった後は興奮してね。この日は寝られなかったよ」。記者会見で伊藤が「タイトルを取ってから(師匠に)報告できればと思います」と言ってましたよと伝えると、「当然だ!」と言い、くしゃくしゃの笑顔になった。

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