2012年1月、2人は盤をはさんで睨んでいた。両者ともテンポよく指し、チェスクロックを叩く。どちらも小学3年生なのだが大会の経験が豊富で、時計の使い方も慣れている。やがて、メガネの少年が勝った。まあ、たっくんは強いしなあと見ていると、あらら、負けた少年が大声で泣き始めた。

 あれからたった11年後、まさか2人がタイトル戦で戦うとは――。

伊藤は前期の雪辱も果たし、5連勝で挑戦者決定戦に進出

 8月14日、東京・将棋会館で第36期竜王戦挑戦者決定三番勝負第2局が行われた。対局者、永瀬拓矢王座は竜王戦での挑戦者決定戦三番勝負進出はこれが3度目、伊藤匠六段戦は初となる。

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 伊藤は前期6組優勝で決勝トーナメントに進出して2連勝したが、「1組の壁」となる稲葉陽八段(1組5位)に敗れた。今期はランキング戦5組を5連勝して優勝。決勝トーナメントでは1組の広瀬章人八段(1組5位)、稲葉(1組優勝)らを立て続けに破り、前期の雪辱も果たし5連勝で挑戦者決定戦に進出している。7月31日に行われた第1局では、先手の伊藤が快勝し、この日を迎えた。

「竜王戦ドリーム」を体現した藤井聡太竜王と同学年の伊藤匠七段 ©野澤亘伸

永瀬が勝負に出て予想外の展開に

 第1局とは先後入れ替わり、永瀬の先手で角換わり腰掛け銀に。対して伊藤は右玉で専守防衛の構えを見せた。永瀬が先攻し、自陣角や銀打ちなど、持ち駒を巧みに活用し、と金を作って中盤優勢になる。

 ところで私はこの日、千葉県にある柏将棋センターでの研究会に参加、18時40分ごろ柏駅発の電車に乗り、車内で携帯中継を見ていた。移動中、局面は1手も進まなかった。常磐線から地下鉄に乗り換えてもまだ動かない。と金を作られてたっくんが苦しそうだけど、それにしてもよく考えるなあ……あれ? 私はいつのまにか明治神宮前で副都心線に乗り換えて、北参道で降りているのだが?

 将棋会館に着く直前、局面が動いた。86手目△5一桂。ええ! よくぞ辛抱したなあ。この受けの手に、残り2時間2分の内、実に61分も使ったのか。藤井聡太竜王・名人は長考すること自体で相手にプレッシャーを与えるが、それに近い凄みを感じる。

 控室に入り、新聞解説担当の増田康宏七段に話を聞く。自陣桂の受けに対し、着実にと金作りして永瀬が良いだろうという歯切れのいい解説に納得する。ところが、ここから闇試合になっていく。87手、永瀬は自陣で守りのポジションのままかと思われた角を中段に飛び出し、勝負に出たのだ。ここから控室の予想が外れていく。千日手を狙うのか? いや、両者にそんな気配はない。