「本作は、稲垣吾郎さん主演を前提として書き下ろされた新作舞台です。だから、主人公の山田純九郎(すみくろう)は、もともと稲垣さんのイメージが強く投影された人物なのですが、稲垣さんは『自分が演じる役について100%わかる必要はないと思う』とおっしゃったんです。その感覚、すごくいいなと思いました」
そう語るのは、演出家の眞鍋卓嗣さん。今年、3年連続で読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞するなど、演劇界で最も注目されている演出家の一人だ。そんな眞鍋さんが次に手掛けるのが、稲垣吾郎さん主演の舞台『多重露光』。気鋭の脚本家・横山拓也さんによるオリジナル作である。
父(相島一之)は志高い戦場カメラマン、母(石橋けい)は町の皆に愛された写真館店主。稲垣さん演じる純九郎は、その写真館の2代目店主だ。しかし45歳になる今も自分の生き方を掴みかねていた。亡き母の「生涯かけて撮りたいものを見つけなさい」という言葉は年々重みを増し、心を蝕むばかり。ところが写真館を訪ねてきたある女性(真飛聖)との再会で、止まっていた彼の時間は動き始め――。
「純九郎は、45歳にして未だ親の呪縛にからめとられている。しかも普通の人ならしない、ちょっと驚くような行動までとってしまう。頑なですが純粋で傷つきやすく、どこか放っておけないかわいらしさも、優しさもある。こういう複雑な人物を演じるのは難しいものです。それを稲垣さんは柔軟に受け止めておられて。横山さんが書くリアルな人物像との相性の良さを感じましたね」
眞鍋さんは2018年、劇団俳優座で横山さん作の舞台を初演出。好評を得て、今回で4度目のタッグとなった。
「横山さんとの出会いは、僕の演出家人生にとって非常に大きなものです。それまで僕は、演劇を面白くするためには、悪人が登場したりバッドエンドであったり、命にかかわる展開や重厚なストーリーが必須だと思い込んでいました。でも、横山さんの作品は違う。大きな事件を扱ったり悪役を登場させることなく、人間を繊細に描くことで深いドラマを作るんです。等身大の人間が描かれている分、観たお客さんは、舞台上の役を自分に置き換えたり、自分の人生と照らし合わせたりする。時にはその場で感じたことの意味がわからずに、『?』のままなこともあると思います。でも、その“何か”はいつか、ふとした瞬間に『あ!』という気づきにつながったりする。そういうところが横山作品の魅力。それを皆さんの心に届けることが、僕の仕事です」
そして本作でも、眞鍋さんの思いはブレることがない。
「今回は、作品タイトルやテーマ、また鬱屈した気持ちから抜け出せずにいる主人公の多面的な心情を表現するため、美術などもあえて“重ねる”演出にこだわりました。そして稲垣さんたちと共に、この複雑でリアリティのある人物を舞台上に描き出し、皆さんの心に“何か”を届ける舞台をお送りします」
まなべたかし/1975年生まれ、東京都出身。劇団俳優座文藝演出部所属。劇団内外の公演で舞台演出家として精力的に活動中。書き下ろしの新作戯曲から古典劇、海外戯曲、オペラ、ミュージカルまで幅広い作品を手がける。劇団俳優座『猫、獅子になる』(横山拓也・作)の演出により、2022年度読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞。同賞の受賞は3年連続となる。
INFORMATION
舞台『多重露光』
10月6日〜22日、東京・日本青年館ホールにて
https://tajuroko.com/