1ページ目から読む
2/4ページ目

藤井に初めて訪れたチャンス

 何を見落としたか、皆すぐにわかった。▲2一飛を打つ前なら角打ちはなかった。しかし、この瞬間、永瀬の駒台に飛車がないため、藤井玉を寄せる手段がない。「角打ちが成立しない」という残像が、永瀬も我々も頭に残っていたのだ。ここで△2一飛は▲3二角成が詰めろで負け。6筋が壁になって逃げ場所がないことがたたってしまった。

 藤井は初めて訪れたチャンスを逃さなかった。永瀬はやむなく3二金取りを受けるが、5六の金を抜かれて、今度は先手玉が寄らなくなってしまった。

 もう、藤井が間違えることはありえない。

ADVERTISEMENT

すべての変化の負けを丁寧に読み切っていた藤井

 対局室には勝者はいなかった。藤井は逆転した後もずっとうなだれていた。

 藤井は「攻めていった手に対し、的確に対応されてしまって少しずつ苦しくなりました。端攻めが機敏に徐々に差を広げられた。予想以上に厳しかった」と負けたかのようなコメントをした。

 感想戦、藤井は負け筋をすべて披露した。

 分岐がたくさんあったのにもかかわらず、あらゆる変化に完璧に答える藤井を見て、正直、恐怖心を覚えた。形勢不利なときには「開き直り」が勝負のうえでは大事だ。負ける変化ばかり読むのはつらいので、「これで負けたらしょうがない」と見切るのだ。しかし、藤井はすべての変化の負けを丁寧に読み切っていた。こんなことができるのか。がっくりは、死んだふりでもなんでもなく、形勢を正直に態度で表していたのだ。藤井はポーカーだけはやってはいけないな(いやしかし、ABEMAトーナメントのチーム動画ではポーカーでも筋のよさを見せていたが)。

 これらの変化をすべて読みきっていないと、△3一歩は指せなかった。AIが示した勝率90%は甘い見せかけで、「細くて指しにくい唯一の正解を指せば勝てるが、罠が多くあって、一つ間違えると逆転する」という局面だった。

 つまり、「最善を指すのが難しい局面に持ち込む」藤井の能力が高すぎるのだ。これはAIの数値では表現できない能力だ。

現地大盤解説会で解説役を務めた久保利明九段 ©️勝又清和

 久保は「見た目ほどの差はなかったんですね」と言い、杉本は「藤井の将棋では、AIの評価値を盲信してはいけませんね」と苦笑いした。