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永瀬も藤井も、笑顔の感想戦へ

 永瀬は終局直後に負け筋の変化を藤井から聞いて、「(自玉の命が)延びている(詰めろが続かない)のか、わからなかったんですよね」とつぶやき、感想戦では「この図(▲3二銀の局面)が読めていない(読み切っていない)ので……」と正直に吐露した。

 実際問題として、4分ですべて読みきれなかったのは仕方ない。では永瀬の敗因は何だったのか? それは56手目の25分の考慮の中身にあった。ここで永瀬は別の寄せを考えていた。端に角を出て相手の飛車を素通しにするという、本譜以上にリスクの高い手で、そこにリソースをつぎ込みすぎたために、時間がなくなってしまったのだ。「(端角を)考えちゃったのがちょっと……」と残念そうにつぶやいた。

 感想戦は弾まず、20分しないうちに終わりそうだったが、日本経済新聞でこの将棋のエッセーを執筆する山本一成さんが、永瀬に戦型選択について質問すると、こう律義に答えた。

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「指してみたい形で、難しいと思うので採用しました。メジャーな戦法ではないですが、『道は一つではない』と」

 北浜も永瀬の受け答えを見て、これなら大丈夫と思ったのか質問をして、感想戦が再び始まった。どんどん局面が戻っていき、永瀬も藤井も笑顔になる。やっぱり藤井は感想戦をしたかったのね。

終局後、大盤解説会場に姿を見せた藤井 ©️勝又清和

「居玉の強度がわかんなかったですね。勝ちかもしれないけれど、きわどいと」と永瀬が言うと、藤井が「6二銀(が壁銀)でも3二金が崩せないので」と、玉の安全度について意見を交わす。さらに局面が戻っていく。それを谷川十七世名人がずっと正座のまま見守っている。これですよ、将棋界が守りたい光景は。結局、40分近く感想戦が行われた。

勝つべき将棋も、たった一手で負けに転じる

 角を打たれたときの永瀬の心情は、棋士なら誰でも経験している。血が逆流し、全身から汗が吹き出す。体が冷たく感じる。宮嶋も永瀬側を持って検討していたこともあって、角を打った局面で「身体が急に調子悪くなってきた」と言った。

 藤井も永瀬の心境を思いはかってか、逆転した後もがっくりしていた。現地で見ていた記者も「申し訳ないという手付きと表情で▲6五角を打っていましたよね」と感想を述べた。

 手数こそ81手と、第2局の半分以下だが、とても濃密で激しく、難しく、そして切なかった。

 完璧な作戦、2度にわたる見事な踏み込み、永瀬が勝つべき将棋だった。それがたった一手で負けにしてしまう。99問正解でも、最後の1問を間違えると答案用紙は零点で帰ってくる。なんでこんな残酷なゲームが好きになったのか。