なぜ男たちは恋愛的な勘違いをしてしまうのか?
ではなぜ、我々男性はこうした誤解や勘違いをしてしまうのでしょうか(もちろん、仕事に恋愛を持ち込むことがすべて悪いとか、勘違いするのは男性だけで、女性は常に被害者などと言いたいわけではありません。ここでは何かと恋愛的な文脈で受け取ってしまう男性心理を、当事者としての経験も踏まえて掘り下げてみたいというのが目的です)。
私はこの問題に関して、男性の多くに根づく、
(1)性別意識に囚われている
(2)恋愛的な自己評価が低い
といった傾向が背景にあるのではないかと考えています。
仕事仲間は「仕事」を媒介につながっている間柄であり、本来そこに男女の性別は関係ありません。これは「お客と店員」や「趣味の仲間」といった間柄にも言えることですが、“主目的の元に集っている人間同士”というのが原則のはずです。しかし、なぜかそこに性別意識を持ち込んでしまう男性は少なくないように感じます。仕事上の部下であるはずの社員を「女の子」として見てしまう。同僚である前に「男性である」という意識を捨てきれない。そういう中で、仕事で褒められたことを「男として」評価されたと感じたり、仕事の相談をしてきた相手を「女として」頼ってきていると受け取ったりしてしまう。これが(1)の概要です。
「何かと恋愛的な文脈で受け取る男たち」の心理的背景
では、(2)はどういうことか。この社会には「恋愛的なアクションは男性からするべきものであり、それを女性に受け入れてもらって初めて恋愛が前に進む」という考え方がまだまだ根深く存在しています。こういった価値観においては「男=お願いする側、女=お願いされる側」と位置づけられているため、我々男性はなんとなく“下”のポジションに置かれているような感覚を持ってしまいます。極端に言えば、男性は恋愛や性に関して、女性に「嫌がられること」や「拒否されること」がデフォルトという感覚を持っているような気がするわけです。
これは無意識レベルの感覚かもしれませんが、私はこの影響がかなり大きいと考えていて、例えば女性側は何気なく褒めたつもりでも、男性側からすると「普通なら褒められるはずはないのに、わざわざ褒めてきたということは、俺のことをいいと思っているからではないか」という受け取り方になってしまったり、食事の誘いに乗ってもらえたら、それが仕事の打ち上げであっても、なぜか「1対1でご飯に行ってくれるってことは、俺のことを男として悪くは思ってないってことだよね?」という解釈になってしまったりするわけです。「何かと恋愛的な文脈で受け取る男たち」の心理的背景には、このようなメカニズムが働いているのではないかと考えています。