1ページ目から読む
26/26ページ目

 先客の四年生が一本吸って去っていき、岳人一人になる。壁にもたれてしゃがみ込み、校舎の間にのぞく夜空を見上げた。星が二つだけ輝いている。

 普通の高校に、行きたかった。本物の青空がある高校に。

 ひと口吸った煙を、ため息にして吐き出す。それはやはり、雲のように白かった。

ADVERTISEMENT

 闇の中から、音もなく藤竹が現れた。隣へ来て言う。

「たばこ、今度買って返しますから」

「いいよ、別に」

「全日制の高校では、なかなかやりにくい実験でした」

「だろうね」灰を地面に落とし、口の端を歪める。「でもさ、あれのどこが“青空”なんだよ。ショボすぎる」

「空が青い理由、少しはわかりましたか」

「あんまり」

「まあ、自動的にはわかりませんよ」

 藤竹はこちらに顔を向けずに、「柳田君」と続けた。

「君は、学校を辞めてはいけない。スタートですよ。ここからが」

 何も答えずにもうひと口吸ってから、言った。

「あんた、さっき三浦に、『この学校には、何だってある』って言ったよな」

「言いました。教室、図書室、体育館。使える設備は全日制と同じです。文化祭も体育祭も、部活だってある」

「でもさ――」

 青空は、ねえよ。

 そう口にする代わりに、視線を上にやった。たばこの先から立ちのぼる煙が、そばに立っている外灯の光に透けて、うっすら青く見えた。

「俺がやりたい部活がねーよ」

「私もなんです」藤竹が真顔で言う。「だから、作ろうと思って。科学部」

「科学部?」露骨に顔をしかめてみせる。「うわ、だりい部活」

「一緒にやりませんか」

「冗談」鼻で笑った。

「知ってますか」藤竹が眼鏡の奥の目を光らせる。「火星の夕焼けは、青いんですよ」

「え、マジ?」思わず反応してしまった。

 藤竹が滔々(とうとう)と理由を語り出す。半分もわからないその説明を聞いているうちに、たばこはフィルターのところまで燃え尽きていた。

書籍のご購入はこちら


額賀澪さんによる書評が公開中です。下記バナーよりご覧ください!