「太陽光が大気中で、空気の分子などの微粒子にぶつかると、四方八方に散乱を起こします。レイリー散乱という現象です。その際、波長の短い光は空気分子にぶつかりやすく、波長の長い光は通り抜けやすい。つまり、太陽光のうち波長の短い青い光がもっとも強く散乱されて空全体に広がり、たとえ太陽に背を向けていても、我々の目に飛び込んでくる。それが、空が青い理由です。
たばこの煙の粒子も、レイリー散乱を引き起こすほど小さい。だから白い光を当てると、青色がより強く散乱されて見えるわけです」
藤竹は次に、火をつけたたばこの束から一本取り、口にくわえた。煙を深く吸い込んだかと思うと、すぐに激しくむせる。
「いかんよ、慣れんことしちゃあ」長老がたしなめるように言った。
「やっぱり無理ですね。柳田君」咳込みながら、藤竹は別の一本をこちらに差し出す。「すみませんが、煙をしばらく肺に溜めてもらえませんか。できれば一分間」
「一分?」岳人は眉根を寄せて受け取った。何がしたいのかまるでわからない。口にくわえていつものように吸い、途中で息をとめる。
一分待つのは思ったより辛かった。苦しいと目で訴えるが、藤竹は腕時計を見つめたままだ。しばらく耐えていると、ようやく顔を上げた。
「はい、光の当たっているところに吐き出して。ゆっくり、そっとですよ」
岳人は口をすぼめ、静かに煙を吐く。
「今度は煙が真っ白でしょう。雲のように」
藤竹がそれを示して言った。確かに、さっきの煙とは明らかに違う。何年もたばこを吸っているのに、気づいていなかった。
「煙の粒が、柳田君の肺の中で水蒸気を含んで、ふくらんだんです。粒子がある程度大きくなると、すべての波長の光を同程度に散乱させます。だから、出てくる光は白くなる。ミー散乱という現象です。雲を構成する水滴や氷の結晶は粒が大きいので、ミー散乱が起きます。それが、雲が白く見える理由」
四限目が終わるとすぐ、中庭へたばこを吸いに出た。