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「まあそう言わずに。今夜はちょっとした実験をやろうと思ってるんですよ。柳田君の長年の疑問に答える実験です」

「はあ? 何言ってんだ、お前」

「で、お願いがあるんです」藤竹は一方的に続けた。「教室に、たばこを持ってきてくれませんか。まあ、常に持っているとは思いますが。待ってますよ」

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 その夜、八時過ぎに校門をくぐった。

 四限目の授業に出ようということではない。仕事を終えてスマホを見ると、タイミングよくというか悪くというか、留守番電話に三浦からメッセージが入っていたのだ。

 この一週間、何度かかかっていた三浦からの電話にも応じなかったので、しびれを切らしたらしい。〈なんでシカトすんのよ。今日の夜、また学校に突撃すっから、よろしく〉とおどけた調子で吹き込んであった。

 あのけたたましい排気音は聞こえてこないが、まずはグラウンドをのぞいてみる。すると、前回とまったく同じ場所で、原付のシートにまたがった三浦と朴が藤竹と向かい合っていた。暗闇の中を近づいていくと、「なんかさあ」と三浦が声を高くした。

「あんた、ムカつくわ。その顔と眼鏡がムカつく。勉強勉強うるせーっての。こんな、誰もやる気のねえ学校でよ」

「『誰も』の中には、私も入っているんですか」

「定時制の教師なんて、みんな腰掛けっしょ? 知ってるよそれぐらい。だいたい、お前ら教師が、俺たちに何してくれたっつーの。ああ?」

 腕組みをした藤竹は、口角だけを上げて言った。

「待っているんですよ。我々定時制の教員は、高校生活を一度あきらめた人たちが、それを取り戻す場所を用意して待っている。あとは生徒たち次第です」

「取り戻せるかボケ」三浦が嘲笑を浮かべ、三階以外は明かりの消えた校舎に向けてあごをしゃくる。「こんな暗い学校でよ。ジジイとヒッキーとヤンキーしかいねえ高校でよ」

「取り戻せますよ」藤竹はきっぱりと言った。「この学校には、何だってある。教室があり、教師がいて、クラスメイトがいる。ここは、取り戻せると思っている人たちが、来るところです」