何か言いたげな藤竹を見て急に気恥ずかしくなり、またこちらから問う。
「その本、授業の資料か何かに使うの」
「いえ、これは純粋に私の勉強です。学生時代、地球惑星科学という学問を専攻してましてね」
「教師になったら教えるだけで、もう勉強なんかしないもんだと思ってたよ」
「勉強しない教師から勉強しろと言われるのは、嫌でしょう」
「んなこと、どっちでもいいよ。言ったろ。勉強しに来てたわけじゃねえんだって」
「でも、高卒の資格が欲しかっただけでもない。ですよね?」
藤竹が真っすぐ見つめてくる。眼鏡の奥でわずかに細めた目は、すでにこちらの胸の内を見透かしているようにも、真剣に答えを求めているようにも見えた。
面倒くさいやつには違いないが、こいつならどんな相手も嗤ったりはしない。そんな確信が、さっきの出来事の燃えかすを吐き出させようと背中を叩いてくる。
「俺はここに――修行しに来てたんだよ」
「修行?」
「目の前に教科書を開いて、毎日きっちり四時間授業を受ける。昔みたいに途中で投げ出さないで、我慢して続けてみる。そしたら俺にも忍耐力とか集中力がついて、少しはまともに文章が読めるようになるんじゃないかって」
「なるほど」藤竹は腕組みをして言った。「でも、それは勉強とは違うんですか」
「ちげーよ。俺が読めるようになりたいのは、教科書じゃなくて、運転教本。高卒の資格より、免許がほしいんだよ」
「仕事のためにですか」
岳人はうなずいた。普通免許があれば、仕事の選択肢がぐっと増える。物流業界で経験を積んで、いつか大型や牽引の免許にも挑戦してみたい。そう考えるようになったのは、今の会社で最初にペアを組んだドライバーが、以前トレーラーの運転手をしていたときの話をよく聞かせてくれたからだ。
巨大なトレーラーを駆り、街から街、港から港へと日本中を巡る。車だけを相棒に、高速道路の片隅で一人食べ、一人眠る。人の目を気にする必要はなく、誰かにばかにされることもない。生まれて初めて、やってみたいと思えた仕事だった。