岳人は一人無言でロッカーからリュックを取り出し、荒っぽく扉を閉めた。作業着で通勤しているので、私服に着替えたりはしない。収集作業中にひどく汚れたときだけ、ここに置いてある替えの作業着を着て帰る。
「お先っす」と言い捨ててテーブルのわきを通り過ぎようとしたとき、椅子にふんぞり返っていた同僚に「おい」と呼び止められた。四月に工場から収集班に移ってきた角刈りの中年男だ。名前も聞いたはずだが、忘れてしまった。
「お前、名前何やったかいの」太い指にたばこをはさんだ角刈りが、関西弁で訊いてくる。人の名前を覚える気がないのは向こうも同じらしい。名字を告げると、「せやせや」とわざとらしくうなずいた。
「わしらこれから駅前で一杯やるんやけど、お前もどうや。OK横丁にええ店あんねん」
「いや、俺はちょっと」素っ気なく言った。
「柳田は、これから学校なんすよ」岳人とペアを組んでいるドライバーの武井が言った。
「学校? 何の学校や」
岳人は顔をしかめてみせたが、武井は気づかずのんきな声で答える。
「高校ですよ、定時制」
「定時制?」角刈りは口の端を歪めた。「それは感心と言いたいところやが、今の定時制はひどいらしいのう。健気な勤労学生が通うてたのは昔の話で、最近は高校を中退した悪ガキと、不登校やったような連中ばっかりやいうやんけ」
「あ?」定時制を悪く言われて、自分でも驚くほどの怒りがこみ上げてきた。大した仲間意識もないはずの、クラスメイトたちの顔が浮かぶ。
「お前も中退したクチか。ええ?」角刈りが、岳人のピアスを揶揄するように自分の耳たぶをちょんちょんと弾く。「そんなにグレとったんか」
「あんたには関係ねえだろ」
怒りが爆発する前に部屋を出て行こうとすると、「待てや」と角刈りに右腕をつかまれた。
「中卒は、口のきき方も知らんのか」
腕を強く振って角刈りの手をほどいた拍子に、右肩に引っ掛けていたリュックがすべり落ちた。ふたのバックルを留めていなかったので、中身が床に飛び出る。表紙の擦り切れた運転教本を慌ててつかみ上げ、隠すようにリュックに押し込んだ。ひざまずいて筆記具を拾い集めていると、頭の上で角刈りが「何のノートや」と言った。