1ページ目から読む
13/26ページ目

 岳人は一人無言でロッカーからリュックを取り出し、荒っぽく扉を閉めた。作業着で通勤しているので、私服に着替えたりはしない。収集作業中にひどく汚れたときだけ、ここに置いてある替えの作業着を着て帰る。

「お先っす」と言い捨ててテーブルのわきを通り過ぎようとしたとき、椅子にふんぞり返っていた同僚に「おい」と呼び止められた。四月に工場から収集班に移ってきた角刈りの中年男だ。名前も聞いたはずだが、忘れてしまった。

「お前、名前(なん)やったかいの」太い指にたばこをはさんだ角刈りが、関西弁で訊いてくる。人の名前を覚える気がないのは向こうも同じらしい。名字を告げると、「せやせや」とわざとらしくうなずいた。

ADVERTISEMENT

「わしらこれから駅前で一杯やるんやけど、お前もどうや。OK横丁にええ店あんねん」

「いや、俺はちょっと」素っ気なく言った。

「柳田は、これから学校なんすよ」岳人とペアを組んでいるドライバーの武井が言った。

「学校? 何の学校や」

 岳人は顔をしかめてみせたが、武井は気づかずのんきな声で答える。

「高校ですよ、定時制」

「定時制?」角刈りは口の端を歪めた。「それは感心と言いたいところやが、今の定時制はひどいらしいのう。健気(けなげ)な勤労学生が通うてたのは昔の話で、最近は高校を中退した悪ガキと、不登校やったような連中ばっかりやいうやんけ」

「あ?」定時制を悪く言われて、自分でも驚くほどの怒りがこみ上げてきた。大した仲間意識もないはずの、クラスメイトたちの顔が浮かぶ。

「お前も中退したクチか。ええ?」角刈りが、岳人のピアスを揶揄(やゆ)するように自分の耳たぶをちょんちょんと(はじ)く。「そんなにグレとったんか」

「あんたには関係ねえだろ」

 怒りが爆発する前に部屋を出て行こうとすると、「待てや」と角刈りに右腕をつかまれた。

「中卒は、口のきき方も知らんのか」

 腕を強く振って角刈りの手をほどいた拍子に、右肩に引っ掛けていたリュックがすべり落ちた。ふたのバックルを留めていなかったので、中身が床に飛び出る。表紙の擦り切れた運転教本を慌ててつかみ上げ、隠すようにリュックに押し込んだ。ひざまずいて筆記具を拾い集めていると、頭の上で角刈りが「何のノートや」と言った。