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 その机は藤竹専用なのか、私物らしき本や辞典が並んでいた。その横には、リアルな恐竜のフィギュアが二つと、木の板でできた骨格模型が一つ飾られている。

 藤竹が机で開いていたのは、英語で書かれた分厚い本。グラフや図が見えるので、科学の教科書か何かだろう。ふと、昨夜藤竹が三浦に返した言葉がよぎる。

 私は勉強中でした――。

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「仕事、忙しいんですか」

「え?」虚をつかれた。

「最近、一限目の欠席が多いから」藤竹はこちらに椅子を回した。「勤め先は確か、リサイクル関係でしたよね」

「ただのごみ収集すよ、俺がやってんのは」

 岳人が去年から働いているのは、ビン、空き缶、ペットボトルなどの廃棄物の回収と、リサイクルのための中間処理を行う会社だ。あてがわれている仕事は、事業系資源ごみの収集で、毎日朝早くから収集車に乗り込み、委託を受けた会社やビルのごみ庫を回っている。

「柳田君の一年のときの出席状況を確認したんですが、ほとんど毎日一限目から出てましたよね。仕事のシフトが変わったんですか。もしそうなら、一度職場と相談して――」

「いいんすよ」いらついてさえぎった。「たぶん、もう辞めるんで」

「辞めるって、学校を?」藤竹があごを上げ、眼鏡に手をやる。

「だから、やり方聞いとこうと思って。退学届とか」

 藤竹はまたあの観察するような目で数秒こちらを凝視すると、腕時計をちらりと見た。

「少し、時間ありますか」

「あ? ああ――」

「ちょっと、歩きながら話しましょう」

 今週は藤竹が「モク拾い」の当番だという。教師たちが毎晩放課後、ごみバサミを手に構内の吸い殻を掃除して回る業務(・・)のことだ。定時制高校ならどこでもおこなわれていることで、(おこた)ると全日制の教員から苦情が出るらしい。

 喫煙者のたまり場は外階段の踊り場や男子トイレなどいくつかあるが、藤竹はまず中庭に出た。

 定時制の放課後は、わずかな人の気配と明かりも徐々に消え、校舎が暗闇に包まれるのを待つだけの時間だ。中庭にも人影はなく、遠くで救急車のサイレンの音だけが聞こえる。