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 ゆるやかな坂の途中にある校門のそばまで来ると、中から聞き覚えのあるけたたましいバイクの排気音が響いてきた。岳人は短く息をつき、都立東新宿高校の薄暗い構内へ入っていく。この時間、ブレザーの制服を着た全日制の生徒たちはもういない。

 二本並んだ葉桜のわきを通り、渡り廊下の下をくぐってグラウンドへ出ると、思ったとおりだった。三浦(みうら)(パク)を後ろに乗せて、マフラーに穴の開いたオンボロの原付で走り回っている。もちろん二人ともノーヘルだ。

 右手の校舎の三階から、誰かが「うっせえぞクソが!」と叫んだ。明かりがついているのはその階だけ。定時制が使っている四つの教室だ。

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 岳人が三浦たちのほうへ近づいていこうとしたとき、どこからともなく現れた人影が原付の前に立ちはだかった。どうにか届く外灯の光に、ジャケットに包まれた貧相な体が浮かび上がる。

 腕組みをして首をわずかにかたむけたあの立ち姿は、担任の藤竹(ふじたけ)だ。なまっちろい顔もなで肩もいかにも頼りなげなのに、態度だけは妙にでかい。以前、クラスの誰かに訊かれて、歳は三十四だと言っていた。

 バイクを停めた三浦に、藤竹が何か言っている。怒鳴るでもにらみつけるでもなく、いつものむかつくほど淡々とした様子でだ。藤竹の言葉は聞き取れなかったが、三浦の甲高い声は届いた。

「勉強の邪魔ってよ」三浦はへらへら笑いながら食ってかかる。「こんなとこに、まともに勉強してるやつなんているかよ」

「いますよ、もちろん」今度は藤竹が答えるのも聞こえた。

「どこにだよ」三浦が挑発するように校舎のほうへあごをしゃくる。

 三階の四つの教室の窓から、大勢の生徒たちが顔を突き出してこっちを見ていた。「タイマンはれよ!」などとヤジを飛ばす男子もいる。

「ここにもいます」藤竹は眼鏡に手をやり、平然と言い放った。「私は勉強中でした」

「ああ? 何言ってんだお前」

 三浦は細く剃った眉をひそめ、アクセルを吹かして藤竹のまわりをぐるぐる回り始める。それを見て岳人は、暗がりから「おい」と声をかけた。こちらの姿に気づいた三浦が、ブレーキを(きし)らせる。