『月まで三キロ』で新田次郎文学賞、静岡書店大賞を受賞。『八月の銀の雪』が直木賞、山本周五郎賞候補となり、本屋大賞でも6位に入賞した、伊与原新さんの最新刊『宙(そら)わたる教室』が、10月20日に発売されました。
新刊の舞台は、東京・新宿にある定時制都立高校。そこには年代も、抱える事情もさまざまな生徒たちが通っています。負のスパイラルから抜け出せない21歳の岳人、日比ハーフで40代のアジェラ、起立性調節障害で不登校になった佳純、中学を出てすぐ東京で集団就職した70代の長嶺。彼らは理科教師の藤竹を顧問として科学部を結成し、「火星のクレーター」を再現する実験を始めるが――。
実際にあった「定時制高校科学部」の功績に着想を得た、胸熱の青春小説の魅力を皆さまに感じていただくべく、短編としても読み切れる本作第1章を、丸ごと特別無料公開します。どうぞお楽しみください。
第一章 夜八時の青空教室
牛丼屋を出ると、ホストクラブの宣伝トラックが目の前を通り過ぎた。耳障りな音楽を大音量で垂れ流しながら、新宿駅のほうへ走り去っていく。
柳田岳人は、唾と一緒に爪楊枝を吐き捨て、腕時計に目をやる。夜七時半。もう三限目が始まっているが、そんなことよりまず食後の一服だ。
すぐ隣のコンビニで、さっき切らしてしまったたばこを買った。店先で封を切り、ゆっくり二口ほど味わってから、大久保通りを歩き出す。すれ違うのは、ほとんどが自分と同世代の若者たちだ。これから新大久保のコリアンタウンへ遊びに行くのだろう。
岳人はくわえたばこのまま、あえて歩道の真ん中を進んだ。薄汚れた作業着にぼさぼさの金髪。左右の耳にはシルバーのピアスが合わせて十個光っている。無遠慮に煙を吐き出しても、咎めるような目を向けてくる者はいない。
地下鉄東新宿駅の入り口がある交差点を越えたあたりで、街の雰囲気が変わる。人通りはぐっと減り、飲食店に代わって目立ち始めるのは住宅やマンションだ。