その言葉に、岳人は足を止めた。取り戻せるのか、本当に――。
岳人の姿に気づいた藤竹が、わずかに目を細める。
「来ましたね。待ってましたよ」
岳人は何も答えずそばまで行き、原付の二人に顔を向けた。
「悪いけど、今日は帰ってくれ。俺たちこれから、実験やんだよ」
「あ?」さすがに三浦の目つきも険しくなる。「何なのガッくんまで」
すると後ろの朴が、「いいよ、もう行こう」と言った。三浦は舌打ちして藤竹をひとにらみし、勢いよく原付を発進させる。
去り際にまた朴が振り返り、真顔で「ヒムネ、ガッくん」と言った。その後ろ姿を見送りながら、藤竹が訊く。
「『ヒムネ』というのは、どういう意味ですか」
「『頑張れ』だよ、確か」
三浦たちのせいで、四限目の「地学基礎」は十分遅れて始まった。
教室に入ったのは一週間ぶりだったが、岳人の指定席、窓際の最後列はちゃんと空いていた。ただ一人、隣の麻衣だけが、「あ、生きてたんだ」と声をかけてきた。
藤竹は、高さが七、八十センチほどある縦長の段ボール箱を抱えてやってきて、黒板の前に置いた。実験に使う器具だろうか。
教卓についた藤竹は、「さて」と眼鏡を持ち上げて教科書を開く。
「今日から第三章『大気と海洋』に入っていきます。百四十ページですね」
最前列の長老が、人差し指を何度も舐めながら教科書をめくる。シャーペン一本持っていない岳人は、ただ机に頬づえをついていた。
「大気の話をする前に、一つ訊いてみましょう。小さな子どもがよくする質問ですよ」藤竹は天井を指差した。「空はなぜ青いのか? 正しく答えられる人はいますか」
岳人は驚いて体を起こし、藤竹に目を向けた。長年の疑問がどうのと言っていたのは、このことか。向こうは素知らぬ顔で、教室を見回している。
答える者は当然いない。せめて何か発言したいと思ったらしく、ママが口を開く。
「青とは限らないヨ。夕焼けは赤い」
「そうですね。実は、空が青いのも、夕焼けが赤いのも、雲が白いのも、すべて同じ原理で説明できるんです。ただしそれを理解するには、高校程度の物理の知識が必要です。ですから、子どもに訊かれて正しく答えられる大人は意外と少ない。