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 問題は、学科試験だ。問題文が読めるかどうかはともかく、とりあえず運転教本を一字一句丸暗記してみようと考えた。印刷物よりは自分の字のほうがまだ読みやすいので、知り合いからもらった古い教本を一文字ずつひらがなで書き写す作業を始めていた。それが、あのノートだった。

「でも」岳人は自嘲するように口もとを引きつらせた。「やっぱ無駄だったね。一年間ここに通い続けてみたけど、なーんも変わんね。教科書の文章を追っかけようとしても、すぐぐちゃぐちゃになって、文字がつかまらねえ(・・・・・・)

「文字がつかまらない」藤竹は小さく繰り返し、机の上のタブレットを手に取った。何か手早く操作して、こちらに手渡す。画面いっぱいに文章がぎっしり表示されている。

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「電子書籍の地学の教科書なんですが、どうですか」

「どうもこうもねーって」さすがにいらだった。「無理だっつってんだろ」

 小さな文字が無秩序に目に飛び込んでくるので、見ているだけで酔いそうになる。読み取れたのは、〈マグマ〉という単語だけだ。

 タブレットを荒っぽく突き返すと、藤竹は画面を数回タップし、「今度はどうです?」ともう一度差し出してくる。

 あまりの驚きに、声も出なかった。

 何が起きているかよくわからず、タブレットを持つ手が小刻みに震える。

〈マグマが地表に噴出したものを溶岩、地下に貫入(かんにゅう)して冷え固まったものを貫入岩体という。貫入岩体にはいくつか種類があり――〉

 読める。読めるのだ。もちろん、行は歪んで見えるし、文字も大きくなったり小さくなったりする。しかし、目を()らしてさえいれば、文章がきちんと追えた。

「――何だよ、これ……」喉を絞るようにしてどうにか言った。

「読めるんですね?」

 画面を見つめたまま、二度うなずいた。「でも、なんで……あんた、何やったんだよ」

「文字を少し大きくして、行間も広げましたが」藤竹は平然と答える。「一番のポイントは、フォントを変えたことです。さっきのは一般的な教科書体。今見てもらっているのは少しばかり特殊なフォントでしてね。はね(・・)はらい(・・・)も含めて線の太さが均一で、濁点なども大きめ。より手書きに近いので、文字の形をとらえやすい。ディスレクシア(・・・・・・・)のために開発されたフォントです」